アースダイバー 神社編 中沢新一著

2021年7月11日 07時00分

◆聖地に潜む潮のリズム
[評]藤沢周(作家)

 あの豪快勇壮な「岸和田だんじり」。疾駆する大勢の曳(ひ)き衆の熱気と、斜めにかしいで暴走する地車の迫力は、映像で見ても怯(ひる)みそうになる。「ありゃ、一体、なんだ!?」と呆気(あっけ)に取られるうち、我が身の底から何かがしぶいてくるのを感じるのだ。
 この飛沫(しぶき)感。どうやら海を渡ってきた我らが祖先・倭人(わじん)たちの、波の記憶が噴き出しているようである。この祭は江戸時代からというのが通説であるが、アースダイバー中沢新一によれば、はるか縄文の頃からだという。海の霊力を詰め込んだ船の模型をかつぎ、曳き、村中を荒々しく走り回りながら、神宿る山へと駆けのぼるのが原型ではないか、というのである。
 「自然地形とその上で展開されてきた精神活動や歴史のつながり」を探り続けてきたアースダイバーが、日本の聖地の象徴である神社に沈潜し、その奥で波打つ潮のリズムと神秘の力をつかみ取ってきたのが本書だ。山国である信州安曇野の「御船祭り」でさえも、海人アヅミ族の祭が源。数台の船の模型を町中で曳き、穂高神社で集合して、互いの勢いを競い合うこの祭。二千年近く前に北部九州から日本海沿岸をさまよい、北アルプスの麓に辿(たど)り着いたアヅミ族が、山の神と海の神を結びつけたのが始まりなのだ。
 「海人族は、神奈備(かんなび)である山とワタツミの住処(すみか)である海とのつながりを断たれたら、生きていけない。神奈備山は穂高岳であり、そこから御神体である蛇体をお呼び申して、神輿(みこし)に乗せた神官にのりうつっていただく。そして意識を失ったままの神官の身体を通じて、目の前に続々と集合してくる御船の勇姿を、穂高神にご覧になっていただく」
 諏訪大社、出雲大社、三輪神社、伊勢神宮等々、聖地である神社の最古層に降りていくことで日本人の無意識の底へとダイブする試みは、我々の心の胎生学を構築することでもある。同時に、心奥の渚(なぎさ)の音に耳を澄ます時、未開の可能性の景色を発見することにもつながるのだ。
(講談社・2420円)
1950年生まれ。思想家、人類学者。著書『カイエ・ソバージュ』全五巻など多数。

◆もう1冊

中沢新一著『増補改訂 アースダイバー』(講談社)。隅田川と多摩川流域などを追加。

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