「サンマ裁判」おばあの闘い 沖縄の民主主義求めた映画 17日から都内で上映

2021年7月11日 06時00分
 米軍統治下の沖縄で、本土復帰を求める運動に火を付けたのは、肝っ玉おばあが起こした裁判だった。歴史に埋もれていた「サンマ裁判」を掘り起こしたドキュメンタリー映画「サンマデモクラシー」が17日から東京・ポレポレ東中野で公開される。来年5月の本土復帰50年を前に、沖縄テレビのプロデューサーで那覇市出身の山里孫存まごあり監督(57)が、民主主義を求めて闘い続ける沖縄の原点に迫った。(中山洋子)

サンマ裁判を起こした玉城ウシ㊨と、自治を求めて闘った沖縄の政治家たち=いずれもⒸ沖縄テレビ放送

◆サンマに根拠のない20%の輸入関税

 沖縄の食卓にサンマが上るようになったのは戦後からという。祖国復帰への素朴な願いとともに「日本の味」として普及したころ、20%の輸入関税がかけられた。だが、その根拠となる琉球列島米国民政府の高等弁務官布令に、サンマは挙げられていない。
 この事実を知って憤ったのが、冷凍サンマを輸入していた魚卸売業の玉城ウシ。1963年に徴収された税金の返還を求めて、琉球政府を訴えた。当時の高等弁務官は「自治は神話だ」と言い放ち、本土復帰運動を抑え付けたポール・キャラウェイ。絶対的権力者に立ち向かったウシおばあの闘いは、自治を求める沖縄の人々の巨大な渦を生んでいく。

「復帰前の沖縄の空気を伝えたい」という山里監督

◆“知られざる闘い”だった

 「沖縄の面白いことは何でもかじっているつもりだったが、この裁判はまったく知らなかった」と山里さん。本土復帰の日に合わせて5月15日に那覇市で開いたマスコミ向け試写会でも、地元の記者たちから「知らなかった」と驚きが漏れたという。
 作品は、昨年2月に放映したテレビドキュメンタリーに追加取材を加えて再編集した。ほとんど資料が残っていないウシおばあの取材は難航、放映後に分かったことも多い。
 沖縄テレビの膨大な資料映像を使いながら、新たな証言も引き出している。
 俳優の川平慈英さんの父で沖縄初のアナウンサーだった川平朝清さんは、「自治は神話」発言をすぐそばで聞いていた。川平さんはキャラウェイから「日本政府は二枚舌だ」と耳打ちされたという。
 「有名なフレーズだが、川平さんの解説で意味が分かった。『復帰、復帰というが、米軍統治下の方がよほど自治は獲得できていると言いたかったんじゃないかな』という。今につながる予言のように聞こえる」

◆悪口言うより方言使ったことをしかられる

 復帰当時、山里さんは小学2年生だった。「あめりか世を知る最後の世代。復帰前の沖縄の空気感を伝えるものをつくりたかった」という。
 復帰に向けた運動の中心は沖縄の教職員組合。日の丸を振り、東京五輪の聖火リレーにも熱狂した。「先生は、これから日本に帰るから標準語を使おうと言っていた。ある日友達に『孫存くんが私にフラー(バカ)と言った』と告げ口されたときも言うわけです。『ダメじゃないですか、フラーは方言です』」というコントのような体験談もあった。
 だが、あるときから急速に空気が変わっていくのを感じた。沖縄の基地を本土並みに縮小するという願いが実現しないことが分かったからだ。

◆裏切られて裏切られて50年に

 作品では、名護市辺野古の米軍新基地建設を巡り、当時の翁長雄志知事が2015年、民意を顧みない菅義偉官房長官(当時)に向かい「キャラウェイに重なる」と言ったニュース映像も挿入している。山里さんは「沖縄は何度も裏切られ、失望と期待を繰り返しながら、民主主義を求めてずっと闘っている島なんだなと実感した。苦味も込みで作品を味わってもらい、50年を経た『今』を考えてほしい」という。

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