週のはじめに考える 力を与える灯守りたい

2021年7月11日 07時09分
 昨年、一人十万円の特別定額給付金が支給されました。その申請書類が送られてきた時の話です。
 「キューツキって何ですか」
 札幌にある自主夜間中学のスタッフは、生徒の一人からそう聞かれました。聞き直すと「キューツキ」とは給付のこと。役所の文面には仮名がありませんでした。
 生徒はスタッフの助けで無事申請できました。ただ、スタッフは過去に「字が書けず、投票に行けない」と話していた何人かの生徒の顔を思い出したと言います。
 多くの人には日常の所作でも、ハンディのある人には大きな壁になることがあります。それは社会参加を妨げ、人を孤立させます。
 壁となるのは身体上の困難に限りません。読み書きの力や学習体験がなることもあります。そうした学びの不足を補う場の一つとして、夜間中学があります。

◆夜間中学という居場所

 得るものは知識や学歴だけではありません。栃木県で夜間中学の設置運動に取り組む宇都宮大の田巻松雄教授(社会学)は「夜間中学は生徒が互いの苦労を共有し、語り合うことにより、生きる力を獲得する居場所」と語ります。
 夜間中学には、公立校とボランティアが支える自主夜間中学=写真は那覇市内の自主夜間中学で学ぶ人たち、2018年撮影=があります。前者は週五日で教科数も多く、無償で中学卒業の資格が得られます。後者は授業時間が限られ、卒業資格は得られません。
 一九五四年には公立校だけで、全国に八十九校ありました。貧しく通学できなかった人、在日コリアンからの要望が高かった時代です。その後、中国残留孤児たちが通った時期もありましたが、学校数は次第に減っていきました。
 しかし、近年、書類上は中学を卒業していても不登校だった人や外国人労働者の増加で、その必要性が再認識されてきました。
 二〇一六年には地方自治体に公立夜間中学の設置を求める教育機会確保法が成立し、翌年には文部科学省が全都道府県に一校は設けるという基本指針を示しました。
 二〇年一月の文科省調査では、全国で生徒数は千七百二十九人。八割が外国人です。年齢別では六十代以上が23%と最も多く、十六歳から十九歳が19%を占めます。
 しかし、公立校の設置はまだ十二都府県で三十六校です。自主夜間中学は全国で約四十校を数えますが、夜間中学のない県が多いのです。自治体の財政事情が許さないという声も聞こえます。
 それ以上に深刻な理由は入学希望者の不足です。全国には義務教育の未修了者が十二万八千人、不登校の児童や生徒が約十八万人、外国籍の人たちが約三百万人います。潜在的なニーズはあるのですが、学校の存在自体が必要な人にまだ知られていないのです。
 市民団体が周知に努めていますが、ここに来て心配の種がまた一つ増えました。コロナ禍です。

◆コロナ禍で生徒数減少

 コロナ禍で生徒数が減少しているのです。例えば、八校の公立夜間中学がある東京都の場合、総生徒数は一六年には四百二十四人でしたが、二〇年七月には二百十人とほぼ半減してしまいました。
 通学のための交通費などは生徒の自前です。コロナ禍による経済事情悪化で通学を断念する人が出てきました。特にコロナ解雇は外国人労働者らを直撃しています。
 懸念されるのは、現在の生徒数の減少がクラス数や教員の配置に影響を及ぼしかねないことです。田巻教授も「通常、クラス数などは簡単に減らされるが、回復は容易ではない」と気をもみます。
 感染症は人を選びません。貧富や肩書の違いにかかわらず、誰か一人でも感染している間は感染症の脅威は社会から去りません。
 だから「自己責任」をどれだけ強調しても意味をなしません。結局、困難を「お互いさま」と分かち合うことでしか克服の道はありません。コロナ禍で認識させられたことの一つですが、それは感染症に限った話ではないでしょう。
 「仲間を知ること。助けてと声を出せること。そうした力を夜間中学は与えています」。市民団体「夜間中学校と教育を語る会」の沢井留里さんはそう語ります。
 「新型コロナウイルスに打ち勝った証し」があるとすれば、それは世界規模のイベントの成功よりも、誰ひとり取り残されない社会の実現にこそあるはずです。
 そうした社会を目指す一つの場として、夜間中学はあります。コロナ禍の現在だからこそ、その小さな灯(ともしび)を守らねばなりません。

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