緊急事態&無観客五輪で経済打撃 失業5万5000人増と試算 中小悲鳴「五輪のお金、支援に回して」

2021年7月12日 17時00分
 4度目の緊急事態宣言が東京都で12日に発令されたのに伴い、23日の開会式まで2週間を切った東京五輪は1都3県で無観客となることが決まった。経済効果はほぼなくなり、宣言により経済損失と失業者も大幅に増えると試算される。新型コロナウイルス禍の長期化で苦境が続く中小企業などからは「早急に新たな支援策を講じてほしい」との声が漏れる。(佐藤直子、中山岳)

◆「もはや観客を入れるかどうかじゃない」

 「アスリートの皆さんには申し訳ないけど、もはや観客を入れるか入れないかの問題じゃない。コロナ禍で僕らは生活が立ち行かなくなってるんですよ」。中小企業や町工場が集まる東京都大田区蒲田周辺を9日に訪れると、金属めっき会社「村上電化工芸社」の村上大輔社長(54)は、こう言葉を絞り出した。
 同社の仕事の8割は、電車の信号に使う部品の製造。村上さんは「鉄道会社の経営がコロナで厳しくなり、部品交換の時期が先延ばしになった」と嘆き、例年は3000万円余りある売り上げが3~4割減ったと明かした。工場の家賃など固定費だけで月60万円以上かかるのに、政府の持続化給付金は売り上げが前年比で半減しないと対象にならなかった。「本当に困った」(村上さん)

東京五輪の関係自治体等連絡協議会に臨む東京五輪・パラリンピック組織委員会の橋本聖子会長(左)と丸川珠代五輪担当相。中央はリモートで参加する自治体の首長ら=8日、東京都中央区で

 大会組織委員会、都、政府、国際オリンピック委員会(IOC)、国際パラリンピック委員会(IPC)による5者協議などで8日、首都圏の1都3県は無観客、宮城、福島県などは上限を決めて有観客で五輪を開催することが決まった。

◆「日本のものづくり支える町工場を助けて」

 「金星鍍金めっき工業所」の斉藤修社長(49)に多くが無観客になった感想を聞くと、「どうでもいい」と苦笑い。コロナで海外から材料が入って来ず、昨年度の売り上げは一昨年度に比べ2割減ったといい、40代の男性社員は「日本のものづくりを支えてきた町工場を助けてください」と訴えた。
 トラックのエンジンの部品製作などを手掛ける「野水製作所」の野水昭社長(71)は「コロナ前は年7000万円ほど売り上げがあった。それが、親会社と一緒に下請けのわれわれも仕事がなくなった。観客を入れたら経済対策になるとか、コロナの影響はそんな生易しくない。ようやく持ち直してきたけど、またどうなるか」と表情を曇らせた。

町工場が軒を連ねている通り=9日、東京都大田区で

 五輪を心待ちにしている人もいた。菓子店を営む男性(68)は「コロナで地域のイベントが開かれず売り上げが激減した」とした上で、「五輪は希望。中止にならなくて良かった」と強調した。建設会社社長の木村晃一さん(58)も「前回の東京五輪後、豊かになっていく社会を体験した。今回もどう変わるのか楽しみ。無観客だけど始まったら盛り上がる。日本の選手を応援しますよ」と語った。
 とはいえ、状況は深刻。「蒲田民主商工会」にはこの日、飲食店の経営者ら10人が相談に訪れた。同会の会員530人のうち、約100人は昨年1月~今年5月に入った。例年なら700件ほどの経営相談も昨年4月以降、1年で約4000件あった。石倉真喜夫事務局長は「飲食業と製造業の廃業が目立ち、30件以上ある。皆五輪を開催する金があるなら支援に回してほしいという気持ち」とこぼした。

◆開催疑問視する企業増加、「中止・延期」64%に

 コロナ禍の東京五輪・パラリンピック開催を疑問視する企業は多い。先月、東京商工リサーチ(TSR)が全国9163社にネットで実施したアンケートによると、「予定通りの開催」と答えたのは35.9%にとどまり、「中止」「延期」が計64%に上った。都内の企業(2275社)に限ると計66.8%、そのうち中小企業(1722社)は計68.6%が中止・延期を望んでいた。

選手村内覧会で取材する報道陣に、敷地外から五輪開催反対を訴える人たち=6月20日、東京都中央区で

 アンケートは3回目で、全体の中止・延期の回答は1回目(昨年7~8月)が計53.6%、2回目(今年2月)が計55.9%と増え続けている。TSR情報部の二木章吉あきよし
さんは「選手や関係者が来日するなどして都内の人流が増えれば、企業にとっては社員の感染リスクが高まる半面、恩恵は限られる。だから、開催に消極的な答えなのだろう」と分析する。
 飲食業などへの特需も無観客では期待できない。二木さんは「特に経営体力が弱い中小企業は、今回の宣言をきっかけにさらに売り上げが落ち、廃業や倒産が増えかねない」と危ぶむ。
 無観客の五輪に、経済効果はどれほどあるのか。宮本勝浩・関西大名誉教授(理論経済学)は、コロナ禍の影響がなく国内外の観客を入れて通常開催した場合、約8兆5600億円の経済効果があると試算していた。
 それが、3月の海外客受け入れ断念と今回の無観客の決定で大幅に減少するという。宮本さんは「そこには大会関係者の検疫などコロナ対策費用を含んでいない。それを加えれば、経済効果はかなり限定的になる」とみる。

◆宿泊業の倒産はリーマン・東日本大震災並み

 特に影響を受けるのが、ホテルや旅館などの宿泊業者だ。帝国データバンク(TDB)の調査では、2020年度の宿泊業者の倒産件数は、リーマン・ショックが起きた08年度の131件、東日本大震災があった11年度の130件に次ぐ125件。前年度より66.7%多く、増加率は過去最悪だった。東京や大阪などでは五輪によるインバウンド(訪日外国人客)需要を見込んで新設されたホテルが少なくなく、コロナ禍でそうした需要が激減したことも響いた。
 TDB東京支社情報部の田中祐実さんは「新設のホテルでは、開業を延期したり、開業しても稼働率が低いためすぐに売却先を探したりする動きが出ている。今後は宣言の影響で、都内のホテルを中心に夏休みの予約のキャンセルが増える恐れがある」と話す。
 第一生命経済研究所の永浜利広首席エコノミストは、今回の宣言により個人消費が1兆2000億円押し下げられ、失業者は5万5000人増えると試算する。
 永浜さんは「五輪直前になっても感染拡大を抑えられなかったのは、ワクチンの国内承認が遅れて1回目の接種率が3割に満たないことも大きい。接種が進んで感染者が減少するまでは、持続化給付金や家賃支援給付金を再開し、飲食店への協力金を増額するといった手厚い支援が必要になる。政府は、予算の予備費をちゅうちょなく使うべきだ」と提言する。
 また、宮本さんは「企業の債務を減らすため、政府は債権放棄した金融機関に対して税制を優遇する措置を検討した方がいい。企業が無担保、無利子で融資を受けられる体制を拡充するのも一案。コロナ禍の五輪開催で国際交流などの意義は損なわれる一方、生活に苦しむ人々はどんどん増えている。企業への支援に加え、失業者やひとり親世帯に限って1人10万円ほどの現金給付も不可欠ではないか」と訴えた。

 デスクメモ 感染拡大が止まらない中、開催できても無観客だろうと多くの人が思っていたはず。その決断をせずに有観客にこだわったことで、どれだけの時間と費用を無駄にしたのか。政府が守るべきは自分たちのメンツやIOCではなく、国民の生活。その点を肝に銘じてもらいたい。(千)

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