泉 麻人 東京深聞《東京近郊 気まぐれ電鉄》『地下鉄千代田線 単独駅の旅(後編)』

2021年7月28日 09時50分

コラムニストの泉麻人さんとイラストレーターのなかむらるみさんが、電車に乗って東京近郊の街を旅する「散歩エッセー」です。

千代田線根津駅にて、街さんぽ

 千代田線の根津で降りる。次の千駄木にかけて、千代田線のこの辺の駅は下りホームの上に上りホームがあるという二段重ねになっているのがおもしろい。地上の不忍通りの道幅が狭い(30年くらい前に拡幅されたが)せいだろう。
 ランチで立ち寄る店へ行こうと、不忍通りの右側の歩道を歩いていたら、脇道の奥に「あんぱちや」の緑の看板が垣間見えた。散歩していて何度か写真に撮った好みの店だが、近く廃業(取材は6月末)の張り紙が出ている。

根津駅から徒歩4分ほどにある「海上海」にてランチ。


 「あんぱちや」の屋号の日用雑貨店は昔、わが家の近くの椎名町の商店街にもあったけれど、岐阜の安八地方から出てきた商人グループの店らしい。店頭に出ていた竹編みの手提げカゴ(ウナギを入れるような)を「これ前から欲しかったんですよ」と、なかむらさんが買った。

 ランチで入った「海上海ハイシャンハイ」という上海中華の店は、現地の素朴な食堂風で気に入っている。ここで僕は「ザーサイ豚肉細切麺」を食べて、千駄木の台地側へと進んだ。昔ながらの「金太郎飴」の店(ここのアンズ飴はウマイ!)の横路地をぬけ、根津神社を通りぬけて、森鷗外記念館の横から団子坂を横断、動坂上へと続く千駄木の屋根道をちょっと行くと、「旧安田楠雄邸庭園」の表札を掲げた旧宅が保存されている。

豊島園の創始者が建てた『旧安田楠雄邸庭園』へ


 この界隈はかつて駒込林町と呼ばれた古いお屋敷街で、銀行家の邸宅や寮が多かったことから門前の道は「銀行通り」の俗称もあるらしい。
 予め見学のアポを取って、立派な木戸の表門をくぐると、主屋の玄関先にすっくと聳えたっているのは文京区の古家に多いスダシイの木だ。

歴史的な建築として残されている「旧安田楠雄邸」へ。現在は(公財)日本ナショナルトラストが所有。水曜・土曜公開(入館料500円、夏季・冬季休館あり)


書院造り、あるいは数寄屋造りの様式も見受けられる安田邸、そもそもこの家を建てたのは藤田好三郎という人物。日銀を皮切りにいくつかの銀行に関わった銀行家でもあるのだが、昨夏の閉園間際にこの取材で訪ねた「としまえん」の創始者でもある。「建てた」と書いたが、実際“普請道楽”のある人で、清水組の建設とはいえ、かなり設計に関わったらしい。大正8年(1919年)に完成して、関東大震災のあった大正12年には安田善次郎の娘婿・善四郎(その後、楠雄に引き継がれる)に売って、自らは中野の桃園町(駅の南西)に越してしまう。豊島園(練馬城跡)の土地を買って庭園にした(当初は住居を置くつもりだった)のが大正11年頃というから、この千駄木の家を手放したのは、豊島園の誕生が関係しているのかもしれない。

部屋から眺めることができる広い庭園は、それぞれの部屋から様々な情景を楽しめる。春には桜、秋には紅葉と四季折々の風情も感じることができる。


 そんな藤田氏から財閥の安田氏へと引きつがれてきたこの家、大正のディレッタントな屋敷らしく、庭を臨む瀟洒しょうしゃな洋間が設けられていたり、突き出した軒屋根に明かり取りのガラス窓を仕込んだサンルーム調の台所があったり、なかなか凝っている。係の人の話では、窓やカーテン、洋間のイス…ほとんどのものが昭和初めあたりからのオリジナル、というのがすごい。

安田楠雄氏の夫人のために作られたといわれている台所。当時最新であった「アイランド型」。珍しい木製の冷蔵庫もここにあった。

 2階の客間の欄干越しに眺めると、家が奥へ奥へと連なっている様子がよくわかるが、戦前はさらに奥の隣家の方まで安田家の棟が続いていた、と聞いて驚いた。
 母屋に沿うように奥へ続く庭の樹木で目につくのはカエデなどの広葉樹だから、紅葉の季節の景色が想像される。

千代田線直通運転になった「北綾瀬行き」の電車に乗って

 ここから東方の坂道を下ると千駄木の駅が近い。千駄木からまた千代田線に乗って、北綾瀬へと向かった。
 西日暮里、町屋、北千住の先で地上に出る千代田線の多くは綾瀬から常磐線のルートを千葉方面へ進んでいくが、乗った電車は北綾瀬行き。綾瀬の先で分かれた支線を北進する。
 もうこのあたりの車窓風景もほとんど住宅ばかりだが、北綾瀬の駅を出たすぐ先にトウモロコシやエダマメの畑があった。

生産物の流通の拠点となったのは千住市場。農家さんが出荷した野菜がこのように並べられていたそう。


 千代田線の線路は駅の先まで延びていて、北方に広大な地下鉄車庫がある。手前の跨線橋に上ってフェンスの網目越しに16000系の車両群を眺めてから、北東方向にしばらく歩くと「足立区立郷土博物館」がある。
 僕は各地の郷土博物館で主に近代(せいぜい大正、昭和以降)の展示資料を眺めるのが大好きなのだが、ここには“昭和20年に撃ち落とされたB29のプロペラ.なんて珍品があった。「東郊」というキーワードを使って、昭和30年代頃までは農業と工業が主産業だった区の風土が解説されていたが、当時の航空写真を見ると、このあたりは一面の田畑である。

庭園を散歩していると、現れた「アオダイショウ」。ときどき現れるらしい。


隣接する東渕江庭園も86年にこの博物館とともにオープンしたもので、造園家・小形研三の設計という、池を中心にした日本庭園には「野趣あふれる庭」とキャッチフレーズが付いている(小形氏はスパ施設「豊島園 庭の湯」の設計にも関わった人らしいから、なんだか話はつながっている)。
 そんな庭園を歩いていたら、池をちょろちょろと泳ぐヘビを見た。近づいていくと、アオダイショウだ。まさに野趣あふれる庭。田畑の時代からこの地に棲みついている土着のヘビかもしれない。
 



PROFILE


◇泉麻人(コラムニスト)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。




◇なかむらるみ(イラストレーター)
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。
https://tsumamu.tumblr.com/






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