<わたしの転機>「自立への一歩」に伴走 16歳で右脚を切断 障害者支援の会社経営

2021年7月14日 07時49分

「何歳からでもリカバリーできる」と話す直野武志さん=岐阜市で

 岐阜県と愛知県で障害者に特化した訪問看護などのサービスを提供する会社「くらしケア」(岐阜市)。社長の直野武志さん(52)は、右脚が義足の身体障害者だ。利用者の多くも、人生の途中で障害者となった人たち。「今の仕事が社会で果たすべき自分の役割」と感じている。 (佐橋大)
 十六歳の時、骨肉腫のために右脚の太ももから下を切断しました。入院中、同じがんで死んでいく仲間も見て、明日に希望が持てませんでしたが、看護師さんが「自分に負けてはだめ」と叱咤(しった)激励してくれた。長年勤めた不動産会社を退職後も、講演を聴いた会社経営者の「人には役割がある」という言葉に後押しされ、四十二歳で空き家活用の会社を起業できました。人は人によって変われる。僕の今があるのもさまざまな出会いがあったからです。
 四十七歳の時、愛知県江南市の自宅で営んでいた会社を岐阜市に移し、看護師を雇って障害者の訪問看護事業を始めました。「暮らしを丸ごとケアする」との思いを込め、社名も「住健トラスト」から「くらしケア」に改めました。きっかけは、空き家を活用した障害児の支援活動に関わったこと。重い障害のある子の親御さんから「私たちが死んだら、子どもはどうなるのか」という悩みを聞き、「この人たちが安心して暮らせる仕組みを作りたい」と心動かされました。
 でも最初の頃は、利用者を紹介してもらおうと病院を訪ねても、「二十四時間対応でないと重い障害の人は任せられない」と反応はよくありませんでした。
 精神障害の人の家族会や当事者会にも説明に行き、「僕も十代で障害者になった」と話しました。精神障害の人は皆、中途障害者。私の話に共感してくれました。私も、精神障害の人の親御さんが、子どもの病気で人生が一変し、その後も病気への偏見などに苦しんでいることを知りました。この人たちの力になりたいと改めて思いました。訪問看護の最初の利用者は精神障害の人でした。「気持ちが伝わったから使うよ」と。そこから精神障害の人の利用が増えていきました。
 今は岐阜県と愛知県に三カ所ずつサービス提供の拠点があります。看護師は利用者の希望を感じ取り、それが形になるように伴走する。外部の就労支援事業所なども使いながら、自立した生活が送れることを目指しています。障害で苦しんだ僕が、心の病気の人たちを支える会社を経営する。これをするために、生かされたのだと思います。

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