パラリンピック選考大会にすら出られない途上国の選手たち 「格差なくして」

2021年7月16日 12時00分
 8月24日に開幕する東京パラリンピックの参加選手が各国で決まる中、出場権獲得に挑む場すら与えられなかった選手がいる。障害者のスポーツ環境が整わない発展途上国の選手は、公認記録を得られる大会の出場機会が少なく、新型コロナウイルス禍でさらに減った。格差を浮き彫りにした東京大会が是正のきっかけとなるのを関係者は願っている。 (神谷円香)

トラックが老朽化した競技場で練習に励むケンさん(手前)とゴンさん=ラオスで(羽根裕之さん提供)

 「機会さえあれば記録は出せていた。頑張った人が報われるようにしてほしい」。東南アジアのラオスで2015年から現地の障害者に陸上を教える羽根裕之さん(55)=千葉県君津市出身=は訴える。
 羽根さんが指導する弱視のケン・テップティーダさん(21)の100メートルの公認記録は、19年の世界選手権での11秒75から更新できていない。ただ、手動で計る限り、東京大会の参加標準記録11秒50は十分突破していた。
 ラオスには公認記録と認められる計測機器がない。記録を突破しようと出場を目指した国際大会はコロナ禍で中止や延期が続き、欧州遠征も試みたが、コロナ禍の渡航制限や航空券の高騰で断念した。日本での大会には国外からの参加は認められなかった。羽根さんは「選考に間に合わせるための大会を自国で開ける先進国は、途上国のことを考えていない」と憤る。

羽根裕之さん(中)が指導するパラ陸上選手のゴンさん(左)とケンさん=ラオスで(羽根裕之さん提供)

 五輪やパラリンピックには、多くの国から選手が参加できるよう、標準記録に満たなくても参加できる推薦枠がある。しかし、羽根さんは東京大会に自力で出られる選手の育成を目指した。街中の競技場はトラックが劣化しているなど環境は決して良くない中で選手と一緒に汗を流してきた。
 ケンさんは幸い、推薦枠での東京大会出場が決まった。だがともに世界選手権にも出場し一緒に練習してきた同じ障害の兄のゴンさん(26)は枠を得られなかった。自力で出場権を取り2人を送り出したかった羽根さんは「うれしさは半減、が正直な気持ち」という。
 元陸上選手の為末大さん(43)は6月、日本記者クラブでの記者会見で「技術が影響する種目は先進国が強い」と指摘。「スポーツを公平にする格差是正を考え続けなければ」と述べた。

2019年12月、トーゴから来日し同じ障害のパラ陸上山本篤選手(右)から指導を受けるメンサさん =東京都江東区で

 義足アスリートの活動を支え、発展途上国に競技用義足を広める東京の義肢装具士、沖野敦郎さん(42)も「五輪・パラは先進国のための大会」と断じる。
 沖野さんは19年12月、西アフリカの小国トーゴから事故で左脚を切断したメンサさん(38)を日本に呼んで指導し、東京大会の夢を後押しした。だが、コロナ禍でメンサさんは大会にまったく出られず、記録さえ計れず、東京大会出場はかなわなかった。沖野さんは「そもそも出場するための機会さえなく不公平だ」と話している。

◆アジアで障害者を支える日本人

 羽根さんは03年、業務中にベルトコンベヤーに左腕を巻き込まれ、動かなくなる障害を負った。自暴自棄になったが奮起し、高校時代にインターハイに出場した陸上を再び始め、パラリンピックを目指した。出場はかなわなかったが、目標を持ち努力した自身の経験を社会に還元しようと、NPO法人「アジアの障害者活動を支援する会」(ADDP、東京都板橋区)を通じ、ラオスに赴いた。
 同会は、1977年に日本初の車いすの国会議員となった八代英太さん(84)がアジアで障害当事者が声を上げる活動を家族とともに行う中で92年に設立。ラオスは特に障害者が社会に出られておらず、初めは仲間が集まるきっかけとして、日本から古い競技用車いすをもらい車いすバスケットボールを始めた。

ADDP会長の前島富子さん(左)と事務局長の中村由希さん =東京都板橋区のADDP本部で

 発展途上国から国際大会に出場する選手を生むには、行政の協力を得ていくのも含め、地道な環境づくりがまず必要だ。八代さんの長女で事務局長の中村由希さん(52)は「ラオスでもパラスポーツが国に認知されてきて良かった。まずは草の根での普及が大事で、その先にパラリンピックはある」と話している。

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