ツボちゃんの話夫・坪内祐三 佐久間文子(あやこ)著

2021年7月18日 07時00分

◆「行動する編集者」への愛惜 
[評]太田和彦(作家)

 博覧強記にして交遊好き、古書店、酒場を愛し、雑誌蒐集(しゅうしゅう)博捜、名編集者にして着眼鋭いコラムニスト、書評、数々の著作。編集者が会社にこもりがちで停滞とも見られた出版界を刺激し疾走を続ける坪内祐三氏が、昨年一月、六十一歳で急逝された時は多くの人が驚き、いまだに「坪内ロス症状」が続いている。
 朝日新聞で文芸や出版を担当していた奥様によるこの回想記は、急逝に戸惑いつつも、最も身近で見ていた仕事ぶりや私生活を書く。
 <いつもふらふら飲み歩いているツボちゃんは、仕事の面では驚くほど勤勉なひと>
 <かんしゃく持ちで、ひと見知りな割に、ツボちゃんには友だちが多かった>
 <ゴシップ的感受性>を大切に、会合世話役を買って出て文壇人の交遊をセットする。評論家や作家と、とことんつきあうのはいいが、ものすごい方向音痴。飲みすぎて暴漢に襲われ入院したことも。
 もの書きの苦悩を探り、同業者ゆえの進言への反論にこちらも反発し、かけられる優しい言葉と、小さなことに突然怒り出す落差にとまどうなど、もと文芸記者らしい客観姿勢に基づきながら、出会いや妻としての愛憎も隠さない記述はリアリティーがある。
 興味深かったのは、現役の方も多く登場する出版界の生々しい現場だ。かつて盛んだったという、銀座のクラブや新宿の居酒屋を舞台にした文士や編集者の交流、応酬はクールな現代に消えたと思っていたが、それを、おそらく意図的にけしかけたのが坪内氏だ。そのため酒場を大切にした。私は膨大なコラムや著作のみでなく、そういうバックステージを好んで進める、行動する編集者として大いに共感し、面白がっていた。
 その人がどういう人であるかがこの一冊でわかった。  <怒りっぽくて優しく、強情で気弱で、面倒だけど面白い、一緒にいると退屈することがなかった…>(あとがきより)。去られて後にその人全てを肯定する感懐が胸をしめつける。惜しい人を失った。坪内氏は奥様のこの書をどう評するだろうか。
(新潮社・1870円)
1964年生まれ。元朝日新聞文芸記者。著書『「文藝」戦後文学史』。

◆もう1冊

坪内祐三著『昼夜日記』(本の雑誌社)。昼は読み、夜は飲んだ記録。

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