直ひた向むきに勝つ 近代コーチの祖・岡部平太 橘京平著

2021年7月18日 07時00分

◆早すぎた指導者の壮絶人生
[評]満薗文博(スポーツジャーナリスト)

 「岡部平太」の名を知らなかった訳ではない。だが、知らなかったに等しいことが分かった。私は書評を書く場合、注目したページに付箋を施すが、本書を読み始めて、しばらくすると、それをあきらめた。飛び込んでくる新しい「事実」が多すぎて、すぐに付箋だらけになってしまったからだ。一人の人物をここまで追い、徹底的に分析した人物伝に出会ったことがない。
 かつて、日本初の金メダリスト、織田幹雄さん(一九二八年・アムステルダム五輪三段跳び。九八年没)に「豪快な指導者」として岡部さんの逸話を聴いたことがあるが、それが、ごく一部であることが、今にして分かった。
 柔道八段、剣道五段の猛者だが、それは岡部のほんの一部分にすぎない。大正の初期に単身渡米し、陸上、水泳、アメフット、野球、ボート、ボクシング、レスリング…多くのスポーツを体験し、コーチ学を学び、それを日本に持ち込んだ近代スポーツの先駆者である。だが、当時、精神主義に重きを置く日本で、先進的な生理学、理論、科学的なトレーニングは受け入れられず、孤軍奮闘する岡部の人生が、これでもかと描かれる。日本を飛び出し、かつての満州で躍動し、かつ世界を駆け回る戦前−戦後を通じた一人の日本人の格闘と葛藤の壮絶ぶりが、八年あまりの長期取材の末に見事な結実を見た一冊である。
 私は何も知らないまま、学生時代、選手として福岡・平和台陸上競技場で競技し、記者として、この競技場で福岡国際マラソンなどを取材した。だが、この競技場を造り、名付け親となった岡部の「悲しいエピソード」を知らなかった。詳細はぜひ、本書を手にして読んでいただきたい。
 著者名は「橘京平」となっているが、これは架空のものだという。西日本新聞社(福岡)の運動部に在席した、私も知る記者が中心になってまとめられたのだという。
 「近代コーチの祖」岡部平太の悲喜こもごも、壮絶な人生を、難航する二〇二〇年東京五輪の年に、ぜひ手に取っていただきたいものである。
(忘羊社・2090円)
知られざる偉人を世に出すために西日本新聞メディアラボが立ち上げたプロジェクト名。

◆もう1冊

橘京平著『Peace Hill−天狗と呼ばれた男 岡部平太物語』(上)(下)(幻冬舎)

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