<東京パラリンピック マイ・ウェイ!>「恩返し」を胸に本番に挑む パラアーチェリー・宮本リオン(37)

2021年7月20日 12時30分

東京パラリンピック日本代表の最終選考会で矢を射る宮本リオン(中央)=東京都江東区の夢の島公園アーチェリー場で

 パラリンピックへの切符を初めてつかんでも、控えめな笑顔を見せるだけだった。3月末、開催国枠での東京パラ出場を争うアーチェリー日本代表の最終選考会。コンパウンド男子でライバル2人との戦いを勝ち抜いた宮本リオンは、胸の内を語った。「ほっとした気持ちもあるが(新型コロナウイルス禍の)この1年、いろんなことがあったのは皆も同じ。すごく複雑」
 小学生から野球に打ち込み、投手として社会人チームやクラブチームで活躍。海外でもプレーした。「野球で生計を立てたい」と思っていた25歳の時、脳の病気で倒れた。1カ月前に結婚したばかり。3カ月間生死をさまよい一命を取り留めたが、へそから下にまひが残った。
 倒れてから2年後、リハビリになればと妻に誘われ、結婚後に暮らす東京都台東区でアーチェリーの初心者講習会に参加した。拠点の射場は的まで30メートル。1本放ち、的まで歩いて矢を回収し、元の位置に戻り再び射る。この繰り返しが、少しずつ体の機能を回復させた。同時に、野球の「狙って投げる楽しさ」をアーチェリーに見いだす。障害の有無や世代に関係なく集まる仲間との練習に、時間を忘れて熱中した。
 競技として取り組んで3年たった2015年、リカーブで強化指定選手に。だが、野球で痛めた右肩の状態が思わしくなく、小さな力でも弓を引けるコンパウンドへ転向した。「コンパウンドは体全体で弓を支える力が重要」。リカーブとは異なる体の使い方に対応し、コンパウンドでも17年に強化指定選手として帰ってきた。
 踏ん張りが効かない両足に装具を着け、いすに軽く腰掛けた体勢で射る。コロナ禍で射場が使えない時期があったこの1年は、筋力トレーニングに時間を割き、体重を8キロ増やした。病気で20キロ落ち「ひょろひょろだった」という体も、今は筋力に支えられ、安定した射的姿勢を保てる。
 コロナ禍での東京大会。アスリートとして開催を喜んで良いのか。「どういう時も準備をするのが選手の仕事」と腹をくくる一方、うまく言葉にできない感情もある。今年2月、東京パラ代表に内定していたベテランの仲喜嗣さんが亡くなったことも頭をよぎる。「最後まで諦めない、ここぞという時に(矢を的の中心に)入れる強さがあった人」。尊敬する選手の無念と、「お世話になった人たちへの恩返し」を胸に、本番に挑む。 (神谷円香)
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 みやもと・りおん 1983年11月14日生まれ。千葉県市川市出身。コンパウンド男子で2017年世界選手権団体5位。世界ランキング38位。テー・オー・ダブリュー所属。

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