思い伝わる直筆の本 シニア自費出版 あえて活字避け「本当に大切なもの」選ぶ

2021年7月22日 08時03分
 直筆の文章や作品を活字にせず、そのまま本にしてほしい−。自費出版を専門とする東京都墨田区の出版社「百年書房」に、高齢者からこんな依頼が増えている。「終活」にもなるシニアの自費出版は、「生きた証しを活字で残したい」として原稿が持ち込まれるケースがほとんど。あえて昔の手書きを本にする意味とは。 (井上幸一)

◆小中学生時代の原稿

子ども時代に原稿用紙に書いた直筆を本にした長谷川賢司さんの「ワープする世界」

 さいたま市の長谷川賢司さん(73)が昨年自費出版した「ワープする世界−昭和30年代の記録から−」(二千五百円、税別)は、小中学生時代に図や自身の考えをまとめた原稿用紙がベースになっている。

著者の長谷川さん=本人提供

 幼いころから自然科学に興味があり、宇宙や、当時は夢のエネルギーとされた原子力について書いていた。放射線に興味を持ち続けた長谷川さんは、放射線技師の仕事に就いた。
 手書きの原稿をそのまま出版したのは、昔の風合いを出す意味に加え、手渡す際の気軽さもあるからだ。
 「手書きだから渡したその場で本を見てもらえた。活字だとハードルが高くなってしまうが、手書きなら逆に親しみが湧く」と長谷川さん。昔の仲間との再交流に、手書きの本が役立っているという。

◆ギターの楽譜

直筆の楽譜をそのまま本にした「クラッシック編曲集」を手にする植田一路さん=東京都杉並区で

 電気技師だった東京都杉並区の植田一路(いちろ)さん(90)は昨年、クラシック音楽をギター用に自身で編曲した手書きの楽譜を本にした。趣味のギターはプロ級の腕前だったが、楽譜にクラシック曲は少なく、半世紀以上かけて膨大な作品を編曲してきた。
 八十二曲を選んで書籍化した「クラッシック編曲集」(非売品)は、「苦心した思いをそのまま残そう」と、やや読みづらいが手書きのままを印刷。「いまでもギター用のクラシック曲は数が少ない。レパートリーに加えてもらえれば」と、ギター仲間に完成した本を配っている。

◆スケッチ画集

スケッチ画集の自費出版に向けて作業をする大塚初重さん=千葉県成田市で(いずれも「百年書房」提供)

 明治大学名誉教授の考古学者、大塚初重さん(94)は今年、自身のスケッチを基にしたカラー画集(既に在庫なし)を出版した。
 考古学一筋だったという大塚さんだが、九十四歳の誕生日を前に「画集を出したい」と希望。その思いをかなえようと、長女や、かつての教え子たちが編集作業を手伝い、国内の古墳や中国、韓国の遺跡など、描きためた三十三冊のスケッチブックの中から約百作品を選んだ。
 人生の終末に向けて準備を整える終活の一環として、百年書房では自費出版を提唱している。代表で編集者の藤田昌平さん(51)は「写真、手紙、原稿、デジタルでの記録など、現代では、皆が膨大な素材を持っている。本当に大切なものの取捨選択を自身で行い、家族や友人にしっかり伝えるのが終活本作りの醍醐味(だいごみ)。自筆のままの出版も選択肢の一つ」と話している。
 百年書房=電03(6666)9594=では、百部三十万円台から自費出版本の制作を請け負っている。活字でも直筆でも、費用は大きく変わらないという。

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