日本中から歓迎されているわけでないスポーツの祭典 それでも選手たちの物語を見届ける<担当記者の視点>

2021年7月23日 06時00分
 東京五輪が23日夜、開幕する。コロナ禍で異例ずくめの大会。これまで選手を取材してきた運動部の記者が、今の思いや大会報道への意気込みをつづった。

男子100メートル決勝、9秒95の日本新記録で優勝した山県亮太=2021年6月6日、鳥取市のヤマタスポーツパーク陸上競技場で

 2012年4月29日、陸上の織田記念国際の男子100メートル予選。ロンドン五輪の日本代表候補を取材している間に、次のレースで当時日本歴代5位の10秒08で走った新星に会場がどよめいていた。公認ぎりぎりとなる追い風2・0メートルの中で「いい風をもらえた」。広島の進学校、修道高出身の慶応大生はさわやかな笑顔を振りまいた。その後も快進撃で五輪代表に。大会前に修道高で行われた壮行会後、わずかな時間にインタビューした時は、物理の法則を走りに応用する考え方を楽しそうに話してくれた。
 山県亮太(セイコー)。9年後の今年、再び「いい風」に乗っている。やはり追い風2・0メートルの中、9秒95の驚異的な日本記録をたたき出した。あの時のあどけなかった大学生は、りりしい表情が似合う日本のトップ・オブ・トップのアスリートになった。そして3度目の五輪で、開催国の選手団の主将という重責を担う。

全日本体操種目別の男子鉄棒決勝 内村航平の演技=2021年6月6日、高崎アリーナで

 08年4月、北京五輪に向けた体操の日本代表第2次選考会。4年前のアテネ五輪金メダリストらが重い重圧を背負って演技する中、日体大の学生だったその若者は、無防備に笑って観客席に手を振っていた。日本のエース冨田洋之を抑えて首位で選考会を通過すると、その勢いのまま初の五輪代表をつかみ取った。
 内村航平(ジョイカル)。「朝、起きる前から調子がいいって分かる」「寝起きでも(演技が)できるように完成度を高めたい」。ロンドン五輪前に聞いたその独特な感性を物語る言葉は、今も記憶に残る。10年近く世界に君臨した王者は、4度目の五輪に挑む。何を思い、どんな演技を見せてくれるのか。

女子バレー国際親善試合の日本ー中国 日本代表の石川真佑選手(右)=2021年5月1日、有明アリーナで

 木村沙織、大山加奈ら、バレーボール女子で何人も日本代表を輩出した名門、東京・下北沢成徳高の体育館を、18年の春に訪ねた。名伯楽の小川良樹監督を取材した後、その時のチームの主将に話を聞いた。「卒業した先輩たちは、世界と戦っている。私もそうなりたい」。東京五輪へ目を輝かせる、というよりは、自身の責務とでも言わんばかりの覚悟を秘めた顔で誓った。
 石川真佑(東レ)。日本に欠くことのできないアタッカーとして、先輩の荒木絵里香(トヨタ車体)、黒後愛(東レ)とともに日の丸の責任を背負うことになった。高校生だったころの決意を、わずか3年で現実のものとした。
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 東京五輪が始まる。決して日本中から歓迎されているわけではないスポーツの祭典。今、自分だけの夢を追っていいのか。アスリートは思い悩んだ。苦悩の果てに、五輪で戦う権利を得た。大会の延期が決まってから1年余りの経験は、それぞれの選手をさらにたくましくさせたはずだ。
 東京都に緊急事態宣言が発令される中で行われる五輪は、ウイルスの感染を拡大する懸念が拭い切れない。複雑な気持ちのまま、大会に臨む選手も多いだろう。ただ、グラウンドやアリーナ、スタジアムには、そのもやもやした気持ちは持ち込んでほしくない。過去のオリンピアンがそうだったように、この大会に向けて鍛錬してきた力や技、精神力を存分に見せてほしい。
 選手には、それぞれの物語がある。日本を引っ張る陸上のリーダーにも。体操界でキングと呼ばれたベテランにも。初の五輪に挑むバレーボールの若手にも。願わくは、この大会で新たに紡がれる物語から、コロナ禍の中で行われる五輪の意義が見いだせることを。歴史的な五輪を見届け、記録したい。 (平松功嗣=五輪担当デスク)

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