誕生から1カ月 双子パンダ 上野に光

2021年7月23日 07時10分

誕生から約1カ月の双子パンダ。左が雌、右が雄=7月20日撮影、東京動物園協会提供

 上野動物園担当として、パンダの赤ちゃんが誕生するというめったにない幸運に恵まれた。発情から妊娠、上野初の双子パンダ誕生まで園での記者会見に出席して取材し、街の人々やパンダファンの盛り上がりを肌で感じることができた。
 「パンダ効果は絶大」と意気込む地元の百貨店ではくす玉を割り、パンダ親子の巨大懸垂幕を掲げた。その様子を、したまち支局のツイッターで発信したところ、史上最多の「いいね!」がつき、改めてパンダ人気を知った。上野観光連盟でも「パンダは上野の街のシンボル。かつてない明るいニュース」と、新型コロナウイルス感染拡大で沈む街の景気復活を期待する。

双子パンダ誕生の翌日から6日間、上野の百貨店ではパンダ親子の懸垂幕が登場。偶然にもその下にはパンダマークの引っ越しトラックが

 上野動物園では、感染防止などから一日二千人までの入場制限をしている。双子と両親パンダは現在公開中止だが、姉パンダのシャンシャンは見られるとあって、週一回の入園整理券申込開始日にはアクセスが殺到し、毎回十数分で予定枚数が終了してしまう。記者も、いまだ家族でパンダ観覧がかなっていない。
 双子の赤ちゃんパンダの飼育は難しいとされるが、無事に一カ月を迎えた。多くの人に愛されるパンダ。今後は名付けの公募や、双子初公開なども伝え続けたい。 (長竹祐子)

◆パンダが生まれた年 どんな出来事あった?

1986年は7月に衆参W選挙があり、デパートのお中元売り場で親子パンダが投票を呼びかけた=日本橋の三越で

 上野動物園で初めてパンダの赤ちゃんが誕生したのは一九八五年。七二年に日本に初めてパンダが来てから十三年、本紙には「悲願十余年」「やっと江戸っ子パンダ」と歓喜の言葉が躍った。しかし、母親ホアンホアンの下敷きになり四十三時間の短い命に。死後、「初初」と書いて「チュチュ」と命名された。
 元祖・赤ちゃんパンダブームを巻き起こしたトントンは八六年に誕生。本紙には「今度こそ育って」という祈りと、上野でお祝いセールが始まったというウキウキした記事が隣り合った。誕生翌日、中曽根政権がいわゆる「死んだふり解散」に打って出て、衆参W選挙では親子パンダの着ぐるみも投票呼び掛けに一役を買った。

トントンが生まれた翌日、1986年6月2日の東京新聞

 八八年にはユウユウが誕生。この時の本紙の見出し「赤ちゃん順調 ママ育児上手」からは三度目の出産となったホアンホアンの貫禄が伝わってくる。世はバブル。リクルート事件、青函トンネル開通、東京ドーム完成…良いことも悪いことも派手な出来事が多い年だった。
 その後、上野のパンダは代替わり。二〇一二年のシンシンの初出産も悲しい結果に終わったが、五年後の都議選イヤーにシャンシャンが誕生した。
 ※したまち支局のツイッター(@sitamati_news)でもパンダ情報をつぶやいています。
 ◆紙面へのご意見、ご要望は「t-hatsu@tokyo-np.co.jp」へ。

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