コロナ対応にみる「リスクと日本人」

2021年7月26日 07時17分
 世界を振り回している新型コロナウイルスへの対応には、各国のお国ぶりが如実に表れました。日本在住が長く、各国の事情にも詳しいエジプト出身のアルモーメン・アブドーラ東海大教授(対照言語学、翻訳学)に日本の特徴を聞きました。コロナに揺さぶられたことで、ふだん覆い隠されていた日本社会の本質が、顔をのぞかせたようです。

<リスク> 語源はイタリア語の「Risicare(リジカーレ)」=勇気を持って試みる=だといわれる。一獲千金を狙った地中海の船乗りのイメージだ。経済産業省によれば、リスクの定義は複数。プラスマイナス両面の不確実性とする場合もあれば、マイナスに影響するもののみとする場合もある。金融の世界では、不確実性(ばらつき)という意味で用いられることが多い。

◆好機と捉え 発信大切 東海大教授アルモーメン・アブドーラさん

 吉田 新型コロナウイルス対応で「いかにも日本らしい」と感じられたことは何でしょう。
 アルモーメン 一番先に挙げたいのは「自粛」です。世界中に注目されました。海外の人たちに自粛とはどういうことなのか、説明を求められたのですが、一言では説明できません。自粛に相当する外国語の単語が思い当たらないからです。法律で決められたわけではなく、強制ではない。日本人の価値観と深くかかわっています。
 文化人類学者のルース・ベネディクトは、日本人の判断や行動の基準について「平等の権利を獲得することではなく、責務を果たすこと。自由な人間になるのではなく、期待される人間になること」としています。
 日本では、自分の行為が周りから非難を受けないよう、厳しい自己監視や慎重な判断が求められます。内心では納得していなくても、悪い印象を持たれないよう、自粛や自重をするのです。単なる慎重ではなく、相手との距離を計算して、注意深く行動しているようにみえます。
 自粛に協力しない業者の名前を公表するという措置もありました。海外では罰則としての効果はないでしょう。ところが日本の社会では、それは信用の失墜につながります。要請に反する行動をする人たちを注意したり威嚇したりする「自粛警察」という現象も、そうした発想の表れでしょう。
 吉田 政府の対応で特徴はみられましたか。
 アルモーメン いい悪いではありませんが、政府は国民に呼びかける感じがありませんでした。ドイツやフランスは、かなり厳格な対策を決めて、政府首脳が国民に呼びかけました。そういうパフォーマンスがあまりなかった。個人のリーダーシップによる国ではないということです。司馬遼太郎は豊臣秀吉を「人たらしの天才」と記しました。この資質こそ日本のリーダーの強みのはずですが、今そういう人はまれです。強いリーダーがいなくてもうまく回れるのが日本の組織の特徴です。
 吉田 日本人が、率直なものの言い方をしない、感情を素直に表現しないという傾向は明らかです。また一般に悲観的でリスクをとることに臆病だといわれています。どうしてこうなったのでしょうか。
 アルモーメン 日本人は意見を持っていないわけではない。教育現場でもそうです。学生はものごとをいろいろ考えているのだけれど、何も言わない。周りに嫌われたくない、人とぶつかりたくないと考える。流されるまま流れていくのが標準戦略になっています。
 一般大衆は自分の政治的意見を唱えることをせず、消極的に行動する「サイレントマジョリティー」化が進んでいます。これはいろいろな問題につながります。意に沿わないことに、いつのまにか同意した、ということになってしまいます。ものを言わない体質を、教育や考える力で克服し、自分の意見を伝えないと不利になることを知るようにしなくてはなりません。
 リスクについては、そもそも、リスクという言葉の意味が、日本と海外では異なっています。リスクは、日本では危険という言葉に置き換えられることが多い。しかしそうではなく、本来の意味は、確率が低い、ということです。だからリスクはチャンスととらえることもできるのです。ところが、それにふさわしい言葉は日本語にはありません。
 吉田 明治から昭和の日本は、ロシアや米国のような大国に戦争を仕掛けるなど、リスクを大きくとってきたようにも思えます。平成から最近にかけての数十年で、日本人は変わってきたのでしょうか。
 アルモーメン 必ずしもそうではありません。戦争に踏み切ったのは、国民を交えて決めたようなものではなく、一部の勢力の主導によるのではないでしょうか。リスクから出た考え方ではないように思います。
 平成以後の日本で感じられるのは、柔軟性とパッション(情熱)の欠如です。
 日本の社会は厳しい社会になっています。競争は今激しくないにもかかわらず、圧力がかかっているような社会です。一回失敗したら挽回のチャンスがなく、常におびえています。豊かさの問題ではなく、豊かであるのに幸せでない。互いが互いに対して厳しい社会。リスクをとらないのは選んだ話ではなく、そうせざるを得ない社会環境になっているのでしょう。
 そうした傾向がバブル崩壊以後強まりました。
 欧州でもアラブでも、二度目、三度目のチャンスはどこかにあります。
 日本の若者は外に出なくなりました。確かに日本は居心地がいいかもしれない。私が日本に来た時は、飛行機の片道切符と所持金八百ドルだけ。でもリスクだなんて思っていなかった。
 吉田 米中二大国時代の中、日本はこれからどう進めばいいでしょうか。
 アルモーメン リスクを恐れていたことの典型がワクチンです。リスクを恐れて十分な投資ができなかったから、国産の新型コロナワクチンは間に合わなかったのです。米国は政府が投資したからワクチンができた。日本もお金と技術を持っていないわけではない。持てる力を発揮できていないのです。
 日本は一生懸命やっています。だけど行動が早くない。国は人の行動で進みます。一億人がみんな「リスクはとりたくない、やめておこう」と、ことあるごとに判断したら、そのマイナスの合計は計り知れません。リスクはチャンスだということを知ってほしい。
 日本の持っているモデルはすばらしいけれども、それに磨きをかける必要があります。そのためには海外と触れ合わなくてはなりません。開かれている時代なんですから。
 移民の受け入れもそうです。日本だけ扉を閉ざすことはできないでしょう。現代は文化や国籍の異なる人々が住む多文化共生社会になりつつあります。異文化コミュニケーションは、珍しい出来事ではなく、日常の一風景です。互いの偏見や誤解、ステレオタイプによって、国際社会は対立が蔓延(まんえん)しています。互いの文化や価値観をよく知り、相互理解から「相互知解」をめざしていくことが大切だと私は考えています。
 福沢諭吉は「一身独立して一国独立する」という言葉を残しました。リスクをとっていくこと、海外に目を向けることと同様に大切なのは、自分の考えを表現することです。そして、それを受け入れる社会になってほしいですね。

<アルモーメン・アブドーラ> 1975年、カイロ生まれ。2001年、学習院大文学部卒。同大大学院で日本語とアラビア語の対照言語学を研究し、博士号を取得した。テレビ出演や放送通訳、要人通訳としても活躍。日本とアラブ、相互の文化紹介にも力を入れる。


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