「あの景色の先に…」水谷隼&伊藤美誠 12歳差の「兄妹」、家族も夢見た金メダル

2021年7月26日 23時40分
 歓喜の瞬間、性別も年の差も超えて抱き合った。日本卓球界初の金メダル。静岡県磐田市出身の2人が試合のたびに強さを増した絆で歴史を切り開いた。「とてもうれしいです」と水谷隼(32)。伊藤美誠(20)は「最後まで諦めずにできたので、すごく楽しかった」と声を弾ませた。

磐田市の自宅で水谷隼選手(右)におんぶされて笑顔を見せる伊藤美誠選手(家族提供)

◆人一倍じゃれつく園児

 約15年前、伊藤家のリビングに置かれた卓球台の脇で、高校生の水谷を子どもたちが囲んでいた。人一倍じゃれつき、笑顔を見せる伊藤はまだ幼稚園児。「あの景色の先にこんな舞台が続いているなんて」。水谷の母万記子さんは感慨深げにつぶやいた。
 2歳で卓球を始めた伊藤は、練習に集中できる環境を求め、4歳のときに母・美乃りさんの故郷である磐田市に引っ越した。1軒家のリビングは1日7時間の猛練習の拠点であり、週2日通った豊田町卓球スポーツ少年団の仲間が集う遊び場でもあった。
 水谷は当時、最年少記録で日本代表に選出された地元の憧れの的。拠点のドイツから帰省するたびに、万記子さんがコーチを務める同少年団の練習や伊藤家の集まりに顔を出すようになった。「人一倍熱心で頑張っていた」(万記子さん)という伊藤を特に気にかけるようになった。

◆「ジュン」と「ミマ」

 「練習に来た時も、一直線に私のところに来てくれてじゃれあったり。本当に仲の良いきょうだいという感じだった」。伊藤は当時のやりとりを楽しげに振り返る。ジュン、ミマと呼び合う年の離れたお兄ちゃんだった。
 伊藤自身も活躍が注目され、世界を舞台に戦うようになると、水谷の大きさを身に染みて感じるようになった。「隼みたいになりたい、一緒の舞台で戦いたい思いはずっとあった」。小学6年の4月、自身初のプロツアーで一緒になり、「目標が一つかなった」とうれしさが込み上げた。

◆「水谷選手とだから」

 ともに日本を代表する選手に成長し、昨年1月に東京五輪でペアを組むことが決定。合宿で一緒に練習を積み、これまで以上に過ごす時間が増えた中で、入念な体のケアなど、プロとして見習うべき部分も再認識した。
 最終の第7ゲームで2―9から逆転勝ちした25日の準々決勝後、伊藤はうれし涙を流し、「水谷選手とだから勝てた」と何度も繰り返した。準決勝後に水谷は「彼女に託した」とたたえた。互いを認め合い、高め合い、頂点に上り詰めた。(酒井大二郎)

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