元東洋の魔女、千葉勝美さんが見つめる東京五輪 「悔いなく力を出し切って」

2021年7月28日 06時00分
<ルポ コロナ禍のオリンピック>

観衆の拍手に金メダルを振ってこたえる女子バレーボール日本代表の河西昌枝さん(中央)と日本選手。千葉さんは左から4人目

 新型コロナウイルス禍の東京五輪で、選手たちの活躍を感慨深げに見守る女性がいる。1964年東京五輪で金メダルを取った女子バレーボール日本代表「東洋の魔女」メンバー、千葉勝美さん(77)=旧姓松村、東京都西東京市。「どんな形でも、活躍の場があるのは幸せなこと。悔いなく力を出し切ってほしい」と願う。(小倉貞俊)

◆前回東京五輪は武者震い

「活躍の場があるのは幸せ。全力を尽くして」と選手たちにエールを送る千葉勝美さん。左手前は東京五輪の金メダル=東京都西東京市で

 女子バレーボールの日本-セルビア戦があった27日の東京・有明アリーナ。スタンドに観客の姿はなく「ライト」「いけー」などと選手の声だけが響く。自宅のテレビで観戦していた千葉さんは、拍手も歓声もない試合に「その分、選手同士で励まし合って、強いチームワークを感じた」と話し、57年前に自らが立った大舞台を思い出していた。
 1964年10月10日、五輪日本選手団の1人として国立競技場で入場行進した。「あの日、日本選手団を迎える『ウオーッ』という歓声と拍手が地響きのようだった。いよいよ始まるんだ、と武者震いしました」
 故・大松博文監督率いる東洋の魔女の控え選手として、1試合に出場。宿敵ソ連(当時)を破って優勝した時、表彰台で金メダルを掲げる主将の川西昌枝さん(故人)の姿に「自分もあの場に立ちたい」と強く憧れた。8年後のミュンヘン五輪では主将を担い、銀メダルの獲得に貢献した。

◆無観客でも特別な思い出に

 2度目の東京開催が決まってからは「ずっとワクワクしていた」。当時は選手村と会場の往復だけで、自国開催という歴史的な祭典の雰囲気を十分に味わえなかったためだ。
 聖火ランナーの募集が始まると、事故の後遺症で半身まひがある友人の女性(55)に「私もメダルを目指して頑張った。あなたも挑戦してみたら」と参加を勧めた。膝の故障に悩む千葉さんとリハビリ中の女性は、同じスポーツクラブで互いに励まし合う仲。女性はランナーに選ばれ、千葉さんは介助役として支えることを決めた。
 だが、コロナは収束せず、都内公道での聖火リレーは中止に。走る練習を重ねてきた女性はショックで落胆したものの、今月14日、点火式イベントのみは開催された。女性は千葉さんのサポートもあり、無事にトーチキスの大役を果たした。「点火式だけでも開かれて本当に良かった。お互い泣いて喜んだ」。
 ようやく大会が始まり、千葉さんは「1年の延期や、大会に出られるのかなど、多くの不安があったでしょう」と選手を思いやる。「無観客であっても、練習の成果を発揮できる舞台がある。誰も経験したことのない五輪になるけれど、特別な思い出にしてほしい」とほほ笑んだ。

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