岸谷 香《東京 MY STORY》第3回「世田谷区太子堂」(後編)― ギョーザライス

2021年8月25日 09時45分

生まれてすぐに東京にやってきて以来、嬉しい時も辛い時もこの街で過ごしてきたというミュージシャンの岸谷 香さん。さまざまな時代の、きらめくような東京の街模様を、自らの体験や大切な思い出を振り返りながら書き綴る、連載エッセーです。

前編はこちら。

第3回「世田谷区太子堂」(後編)― ギョーザライス

 そして、その頃もう1つ私の記憶に深く刻まれているエピソードがあります。
弟の手術の予定が漠然と決まったある日(手術の1年~1年半前だったように思います。)手術までの間に何度も入院をして、カテーテル検査などを繰り返し行う弟のために母は『願かけ』をすると言い出しました。一番好きな物をガマンして断つ代わりに、「願い事を聞いて下さいって神様にお願いするのよ」と説明してくれました。母はお米を断つ、と決めました。弟の手術が成功して元気になって退院してくるその日まで、お米を食べない変わりに弟が元気になりますように…と神様にお願いしたと言うのです。私はそれを聞いてびっくりしました。だって、お米って毎日毎日食べる物だよ、1日3回いつも食べてる物だよ…と。すると母は「だからお米にしたのよ」と言いました。あぁ…今、その想いの深さが初めて正しく理解できた気がします…涙が溢れてきます…。当時の私は、内心ちょっとのガマンで済むコーヒーとかにしとけば良いのに…と思っていました。でもそれでは意味がないという事、今なら理解できます。
 母はその日から本当にお米を食べなくなりました。家族が毎日普通に白米を食べる中、パンや麺類を一人で食べてガマンしていたのでしょう。それも1年以上も…。
 弟の手術の日が近づくと、「やっとお米食べられるね」「退院の日、何食べたい!?」など、お米を久しぶりに口にする日が近づいてきた母と、そんなトークをよくしました。母が選んだ願かけ明けの食事は『白いご飯とギョーザ』でした。え!?なんかフツーだな…高いお寿司やステーキじゃないんだ…と肩すかしな感じがしたのも記憶にあります。弟の手術は幸いにも無事終わり、ずっとずっと待っていた退院の日。私と母で弟を病院に迎えに行き、その足で渋谷の東急か西武か…定かではありませんが、デパートのレストランに行きました。母はライスとギョーザを注文しました。ひと口ご飯を食べた母に「美味しい!?」と聞きました。答えはハッキリ覚えていないのですが、きっと母の生涯で一番美味しいご飯だったのだろうと思います。よく泣かずに食べてたなーと感心します。『幸せの味』とはまさにこの事でしょう!
 今でも世田谷通りあたりを車で通ると、国立小児病院を思い出します。そして同時に、あの時の母がどれだけ辛かったか、そしてあのライスとギョーザがどんなに美味しかったことか!! 私も母になり初めて知る母の想いでした。しっかし私もヒドいお姉ちゃんだったなー(笑)。



おしまい

 
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次回更新は、9月8日(水)更新予定です。
お楽しみに。




PROFILE
岸谷 香
1996年5月31日、武道館公演をもってプリンセス プリンセスを解散。
1996年結婚。翌年、奥居香ソロとしてシングル「ハッピーマン」を発売し、ソロ活動をスタート。
2001年子供を授かったことをきっかけに岸谷香に改名。その後13年間は育児を中心とする生活が続いた。2012年、東日本大震災復興支援の為、16年振りにプリンセス プリンセスを一年限定で再結成。
2014年より、ソロ活動を本格的にスタートさせ、数々のライブ活動を実施。
ガールズバンドプロジェクトを立ち上げ、ミニアルバム「Unlock the girls」をリリースしたり、豊洲PITにて、東日本大震災復興支援ライブを行ったりもした。
2021年2月にはミニアルバム「Unlock the girls3-STAY BLUE」を発売。
2021年7月からは「KAORI PARADISE 2021」ひとり弾き語りツアーをスタートした。
お知らせ
レギュラー
・ラジオNHK-FM「岸谷香Unlock the heart」
毎週金曜23:00〜スタート
・ニッポン放送「オールナイトニッポンMUSIC10」
毎月第四水曜日22:00~スタート

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