兼業農家に生まれ、祖母の農作業を手伝い…体操ニッポン新エース橋本大輝選手の素顔

2021年7月30日 07時28分

体操男子個人総合で金メダルを獲得し、喜ぶ橋本大輝選手=東京都江東区の有明体操競技場で

 二十八日夜に行われた東京五輪の体操男子個人総合決勝で成田市出身の橋本大輝選手(19)=順天堂大=が金メダルを獲得した。「体操ニッポン」の新エースは兼業農家に生まれ、トップ選手になっても祖母の農作業を手伝う。支えてくれた家族や恩師に気迫の演技で恩返しした。 (中谷秀樹)
 父の久一さん(54)によると橋本選手から試合後、「金メダル取ったよ、やったよ」と電話報告があり、「おめでとう」と祝福した。「つり輪でリズムを乱し心配だったが、最後は得意の鉄棒でドキドキだった」と振り返り、「ゆっくり休んでほしい」と息子をねぎらった。
 母校の市立船橋高校体操部の大竹秀一監督(43)はテレビ中継を見ながら「最後は自分を信じ、笑顔で演技台を降りてほしい」と祈っていたという。「伸びしろたっぷりの世界チャンピオンで、これから成熟していく」と期待を込めた。
 橋本選手は、父久一さんと母祥子(あきこ)さん(54)が共働きで祖父母と過ごす時間が長かった。二人の兄を追い、六歳から香取市の「佐原ジュニア体操クラブ」に入った。体操のため、中学は香取市内の中学校へ学区外入学した。送迎は、二年前に八十三歳で亡くなった祖父の正尚さんが担当していた。橋本選手は線香を上げることを欠かさない「じいちゃん」へ、金メダルを見せることができる。

小学生で体操を始めたころ、Y字開脚を決める橋本大輝選手(家族提供)

 祖母の久子さん(82)は「家の畑のジャガイモやタマネギを入れたカレーライスが好物だった」と幼い頃を懐かしむ。中学に入ると祖父母の農作業を手伝い始め、重さ三十キロの米袋を運ぶなどして足腰が鍛えられた。
 佐原クラブの山岸信行監督(65)は「気持ちが空回りして全国大会で骨折して悔し涙を流していた」と振り返る。市立船橋高に進むと一気に成長。同じ練習時間で人の何倍も体操器具に飛び付く橋本選手の体力から「無限くん」と呼ばれた。大竹監督は「練習がしつこく、納得いくまでやり切る。こちらが止めないといけないほど」。体操に純粋で「ライバル選手も応援する。他の選手の練習もよく見て励まし、互いを伸ばし競い合う。練習の雰囲気を良くする子だった」と語る。
 新型コロナ禍で電車移動を避け、練習場所には橋本選手の家族や親戚が車で送迎して支えた。七月四日に代表合宿に出発した時も、久一さんが東京都まで送った。久子さんが「いつもと同じようにやればいいんだからね」と声を掛けると、橋本選手は「分かったよ」と笑顔で答えたという。「家で何を食べさせてあげようか」と久子さんは真夏に輝いた孫の帰りを楽しみにしている。
  ◇ 
 熊谷俊人知事は二十九日の定例会見で「つり輪で厳しい採点があったが、安定したメンタルで実力を発揮した。最後の鉄棒の着地はグッときた」と興奮気味に話した。船橋市の松戸徹市長は「六十四万人の市民、全国、世界に大きな感動を与えてくれた」とコメントを発表した。

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