さよならテレビ 阿武野(あぶの)勝彦著

2021年8月1日 07時00分

◆タブーなきカメラ 自らにも
[評]隈元信一(ジャーナリスト)

 名古屋の東海テレビは、優れたドキュメンタリーを次々に世に出してきた。制作の裏にどんなことがあったのか。そもそもテレビドキュメンタリーとは何か。主導してきたプロデューサーが、自身の体験をもとに論じていく。
 書名で「テレビ離れ」を勧める本かと誤解されかねないが、全く逆だ。経営至上主義や視聴率至上主義などの現状を憂いつつ、テレビ愛、ドキュメンタリー愛があふれる。それを経験知が支え、説得力あるテレビ再生論になった。
 映画化された「ドキュメンタリー劇場」の十三本をはじめ、著者が関わった一作一作を振り返る構成だ。第一章に近作の『さよならテレビ』を持ってきたのは正解だろう。「テレビとは何か」を問うた自己検証番組。報道部にカメラを入れ、「身内だからこそ手加減しない」姿勢を貫いた。社内の反発も強く、「針の筵(むしろ)が続いた」と明かす。
 当初は渋い顔だった経営トップの言葉が著者の胸を熱くさせる。「信頼しているスタッフの番組に、経営がガバナンスを利かせないことのほうが、放送局の最も高度なガバナンスだと思う」。こうした経営感覚が現場に活力を与えるのは間違いない。
 要するに「人間」。これが本書の底流にあるメッセージだろう。社内外のスタッフや取材相手との出会いに始まり、仲間喧嘩(げんか)をしたり取材拒否されたりしながら、やがて番組に結実していく。チーム力こそがテレビの力だということが、よく分かる。
 登場人物が魅力的だ。樹木希林さんや仲代達矢さんの逸話は、ファンならずとも心にしみるに違いない。『ヤクザと憲法』や『死刑弁護人』のように、世間から冷たく見られる人々にもカメラを向けてきた。タブーなしに人間を描くのがドキュメンタリーだという信念が伝わってくる。
 本書を読んで、作品を見たくなる人が多いと思う。視聴手段がもっとあれば、若い人も「こんにちはテレビ」と門をたたくのではないか。例えば地方局の出版を機に東京キー局が関連番組を全国放送する。そんな試みがあっていい。
(平凡社新書・1210円)
1959年生まれ。東海テレビのゼネラル・プロデューサー。「東海テレビドキュメンタリー劇場」で菊池寛賞。

◆もう一冊

小黒純ほか編著『テレビ・ドキュメンタリーの真髄 制作者16人の証言』(藤原書店)

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