ウディ・アレン追放 猿渡(さるわたり)由紀著

2021年8月1日 07時00分

◆真実問うた人間探求の旅
[評]小松成美(作家)

 ニューヨークの高級ホテル、カーライルのパブのステージでウディ・アレンが吹くクラリネットを聴いた日、青春時代夢中だった「アニー・ホール」や「マンハッタン」の映像を鮮明に思い起こしていた。しかし、年老いたウディが奏でる飄々(ひょうひょう)としたジャズの調べは、鉛を飲み込んだような苦しさも引き連れていた。
 一九九二年、パートナーだった女優、ミア・ファローからウディが告発された養女への性的虐待疑惑。おぞましい犯罪の疑いは、栄光の人生を暗転させただけでなく、家族(ウディとミアの子ども、ミアと育てていた養子たち、ミアの養女で後にウディの妻となるスンニ)をも巻き込んで、現在も燻(くすぶ)り続けている。
 本書は、ニューヨークで最も有名なカップルが起こした骨肉の闘争を描きながら「家族」とは何なのか、「真実」とは何を指すのか、を読者に繰り返し問う真摯(しんし)な調査報道である。ただ、ページを捲(めく)る度に血の味を覚えるような違和感があり、まるでシェークスピア四大悲劇を読んでいるような気持ちにすらさせる。
 栄光の陰で女癖が悪く酷(ひど)い浮気症のウディと、離婚に際し、親権を得るために養女虐待を申し述べたミア。過去と未来が交錯する物語の最後のページに辿(たど)り着く頃には、著者から“人間探求の旅”を強いられたことを思い知るのだ。
 この書の誕生のきっかけにジェンダー平等があることも興味深い。ハリウッドの大物プロデューサーであるハーベイ・ワインスタインのセクハラ・性的暴行疑惑をきっかけに世界中で起こった「#MeToo」運動。このムーブメントが二十五年前の疑惑の再告発となって蘇り、ついにウディはハリウッドから追放されることになる。
 在米三十年の著者の傍らには常にウディのスキャンダルがあった。ハリウッドスターや監督、アカデミー賞を取材する日本人ジャーナリストは、その醜聞を丁寧に取材しながら俯瞰(ふかん)する。正義を振りかざす素振りは微塵(みじん)もなく、淡々と目の前の事実に向き合っていく。冷静な筆致こそが、この本を輝かせている。
(文芸春秋・1760円)
1966年生まれ。雑誌編集者を経て渡米。在米30年の映画ライター。

◆もう1冊

ジョン・バクスター著『ウディ・アレン バイオグラフィー』(作品社)田栗美奈子訳。

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