上野国分尼寺 想像し描く 高崎市教委 金堂と俯瞰図作成 かみつけの里博物館で無料公開

2021年7月31日 07時17分
 高崎市教育委員会は、発掘調査中の上野国分尼寺跡(同市東国分町)の金堂と俯瞰(ふかん)図の想像画2枚を作成した。かみつけの里博物館(同市井出町)ロビーで8月30日まで無料で公開している。火曜日休館。(安永陽祐)
 上野国分尼寺は奈良時代の七四一(天平十三)年に聖武天皇が発した国分寺建立の詔を受け、八世紀半ばに建立されたとされる。発掘調査は二〇一六年度から始まった。寺院の範囲は南北百五十七メートル、東西百六十メートル、本尊を安置する金堂は東西二十四メートル、南北十三メートルと推定。金堂や尼が日常生活を送る宿舎「尼坊」、回廊、寺院を囲む築地塀等が確認されている。

上野国分尼寺を俯瞰した想像画

 縦五十センチ、横七十センチの想像画は、発掘調査の成果を基に、時代考証を加えて市美術館の塚越潤館長が制作した。一級建築士でもある塚越館長が遺跡の平面図を基に建築用製図ソフトで建物を立体的に復元。それを下書きにアクリル絵の具で描いた。
 金堂の想像画は、建物全体を奈良時代の姿が残る奈良市の唐招提寺金堂を参考にした。焼き具合によって灰色や褐色などさまざまな色の瓦が出土しており、同時期の寺院の瓦屋根を参考に着色した。

上野国分尼寺金堂の想像画=高崎市教委提供

 軒先を飾っていた瓦の裏面には、柱を塗装する際の赤い塗料が付着。平城京の建物復元も赤い柱に白壁となっているため、同様の色彩にした。金堂の前からは、回廊内に敷かれていたとみられる細かい凝灰岩が出土しており、想像画にも反映した。俯瞰図は発掘調査で明らかになった建物の位置関係を描いている。
 市文化財保護課の担当者は「市民に遺跡の状況を分かりやすくイメージしてもらえるように作成した。当時最先端の建物に思いをはせてもらいたい」と話した。

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