アジア芸術を物語に 『光をえがく人』 小説家・一色さゆりさん(32)

2021年8月1日 07時00分

森清撮影

 主に東アジアの現代アートにちなんだ題材の五編を収めた短編集。登場するのは、韓国など日本と関わりが深い国のほか、香港やミャンマーといった人権抑圧問題で国際社会が関心を高めている地域も。
 「王道的な西洋美術とは異なる独自路線のアジア美術で物語を書きたかった。コロナ禍で、どうアートと接していくかについて考える機会にもなるのでは」
 東京芸術大で美術を学び、香港中文大大学院に留学。東京都内の美術館で学芸員として勤務した経験もあり、深めた知見を創作に生かしている。
 今回の作品群も、学芸員時代にアジアの現代アートの展覧会を担当し、実際に各国を訪れて調査したり、現地の作家を取材したりした体験が背景にある。
 ミャンマーの芸術家を紹介した四年前、同国の検閲の厳しさが「とても印象的だった」。当時は民主化が進み、海外企業による新たな市場開拓も期待されていた時期。しかし、芸術家が語る国の現状には考えさせられる点が多く、「その時の経験を咀嚼(そしゃく)するために書いた」のが表題作だ。
 日本でミャンマー料理店を営む男性がかつて、反政府運動に参加して投獄され、芸術家Hと知り合った過去を語る。獄中でも解放後でも男性に生きる希望を与えたのはHの作品だった。
 今年二月の国軍によるクーデター以前に書かれたが、難民や少数民族の問題にも触れ、示唆に富む。自らは「困難な状況をアートを通じて乗り越えようという姿勢が最も素直に表れている作品」と評す。
 一方、香港の民主化運動を取り上げた「香港山水」では、商業的には成功しつつある水墨画家が社会に対する無力さを嘆く。「自分の役割は商業的な部分でしかない、という香港の悲しみの象徴ではないかと書き終わってから感じた」
 韓国にルーツをもつ女性らが、フランスの芸術家ソフィ・カルのように、道で拾ったアドレス帳から持ち主の人物像を探るミステリー仕立ての一編や、フィリピン人の青年と人形師との交流に心温まる作品も。
 「写真家」で、モンゴルで記憶喪失になった父親は、ファンだった写真家の故中平卓馬さんがモデル。芸術活動に没頭して家族を顧みなかった父を非難する娘の視点を大事にしたといい、「純粋なアートとは、お金にならないものだ」との思いも込められている。 講談社・一六五〇円。 (清水祐樹)

関連キーワード

PR情報

本の新着

記事一覧