北朝鮮と日本、生き別れの姉妹が60年ぶり再会 ドキュメンタリー映画が完成 

2021年8月3日 12時00分

「帰国してせめて親の墓参りがしたい」と訴える中本愛子さん(左)=北朝鮮の咸興で(日本電波ニュース社提供)

 戦後間もないころ、朝鮮人の夫と「帰還事業」として北朝鮮に渡ったまま帰国できない年老いた日本人女性と、熊本県に住む妹の約60年越しの邂逅かいこうを描いたドキュメンタリー映画「ちょっと北朝鮮まで行ってくるけん。」が完成した。中東など紛争地域の取材をしてきた島田陽磨監督(45)は「自分自身知らないことも多く発見の連続だった。歴史に埋もれたまま今も苦しむ人々のことを知ってほしい」と訴えている。(蒲敏哉)

北朝鮮帰還事業 日本赤十字社、朝鮮赤十字が主導し1950年代から80年代にかけ行った。約9万3000人が北朝鮮に渡ったとされる。「3年で帰ってこられる」「無料でモスクワ大学に入学できる」などの勧誘文句が掲げられた。約1800人が日本人妻だったとされている。渡ったほとんどが朝鮮半島南部の韓国出身者で、実際は帰国でなく「民族移動」だったとされる。

 島田監督は、日本電波ニュース社のテレビディレクター。北朝鮮を長年取材しているフォトジャーナリスト伊藤孝司さん(69)から番組用素材として提供された長時間の映像をチェックした際、戦前、戦中を通じ、朝鮮半島から来日した朝鮮人男性と結婚し、戦後、北朝鮮に渡ったまま帰ってこられない日本人女性が多くいることを知った。
 映像素材の中で、熊本県内の妹と音信が途絶えて悲しむ中本愛子さん(89)が持っていた古い手紙から、妹捜しをすることにした。

北朝鮮に入国した林恵子さん(右)=北朝鮮の平壌郊外で(日本電波ニュース社提供)

 2018年3月、中本さんが住んでいた熊本県内の街に行き、役所や町内会関係者に取材。住宅地図から一軒一軒まわり親類筋を訪ね、東京へ戻る飛行機に乗る直前、妹、林恵子さん(70)の消息が判明したという。
 映画は、姉が北朝鮮に渡ったことを他人に明かすことなく訪問介護の仕事をする日々を送っていた林さんが、島田監督から姉の消息を突然知らされ戸惑う場面が登場する。
 さらに日本と国交のない北朝鮮へ行くため、北京を経由し平壌に入り、北朝鮮当局の係員に同行されながら、北東部にある咸興ハムフンで中本さんと約60年ぶりに出会う様子を描く。

車中からは市民らの自然な姿も撮影された=北朝鮮の咸興で(日本電波ニュース社提供)

 映画は、中本さんと林さんが出会う場に同席した日本人妻たちが、望郷の念にかられながらも、同じように日本の身内がどこにいるのか分からず途方に暮れる姿も映し出している。
 取材は18~19年にかけ3回訪朝し、計約1カ月間行った。
 現在は新型コロナウイルスの感染拡大の影響もあってか姉妹はお互い連絡が取れなくなっているという。

「北朝鮮と日本の忘れ去られた歴史を知ってほしい」と話す島田陽磨監督=東京都品川区で(蒲敏哉撮影)

 島田監督は「国家間で大がかりに取り組まれた事業で渡航した人々が歴史に翻弄ほんろうされたままでいる不条理は紛争地域にいる人々と同じ」とした上でこう訴える。
 「コロナ禍で国に自粛を求められ、苦しみも“自己責任”で済まされる今の私たちの状況にも通じる。時代の空気の危うさを自分のこととして考えるきっかけにしてほしい」
 映画は東京都中野区のポレポレ東中野で8月28日から、名古屋市ではシネマスコーレで9月4日から上映予定。

しまだ・ようま 1975年生まれ、埼玉県坂戸市出身。早稲田大教育学部生物学専修卒。同大探検部で中国、南米などを探査。日本電波ニュース社ディレクターとしてイラク戦争などをリポート。「ベトナム戦争 40年目の真実」(朝日放送)でニューヨークフェスティバル(ワールドベストテレビ&フィルム)入賞。福島での遅発性の心的外傷後ストレス障害(PTSD)をテーマにしたドキュメンタリー映画を制作中。

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