<泉麻人のきまぐれ電鉄>(4)横浜東部の商店街と浦島伝説をめぐる小さな旅

2021年8月4日 13時04分
 泉麻人さんが、なかむらるみさんと電車で東京近郊をぶらつく散歩エッセー。その4回目です。

◆渋谷→白楽:東急東横線 京急東神奈川→神奈川新町:京急本線

 渋谷のハチ公前広場はこの連載でも以前きたはずだが、ハチ公の向こう側にあった東横線の旧車両は撤去されてしまった。いまの東横線はJRのガードをくぐって東口へ行って、ヒカリエの地下深くまで降りなくてはならない。地下鉄の副都心線から中継してきた元町・中華街(みなとみらい線)行きの普通電車に乗り込むと、平日の午前10時台の車内はすいていてすんなり座席を確保することができた。
 乗った電車は銀に赤帯の純粋な東横線(東急車両5000系)だったが、すれ違う電車は東京メトロの有楽町線だったり、西武池袋線や東武東上線のおなじみ車両だったり、バラエティーに富んでいる。
 JR横浜線と交差する菊名を過ぎて、白楽で降りる。駅の西口に出ると、六角橋商店街というのが始まる。とくに、途中の乾物屋の脇に狭い口を開けた「仲見世通」というアーケードの筋がおもしろい。昔ながらの食料品店や洋品店の間に若い人のやるカフェや小物屋が混じり合っているのがいい。
 昭和の初めに東横線の駅と、さらに横浜市電の終点停留所が置かれたのが商店街の始まりとされる。そんな昭和初期に建設された、古い郵便局の建物が残されている、という情報をネットで仕入れてきた。珍味の類いをごそっと店頭に並べた、しゃべり好きのオヤジさんの店でイナゴのつくだ煮やクルミの甘露煮を買って、六角橋郵便局の旧舎の場所を伺った。
 ちょっと西方の裏通りにひっそりと立つ先代の郵便局は、三角屋根の日本家屋の玄関先だけ四角い洋風にしたてた、いわゆる看板建築の一種で、モダンな飾りを施した「〒」のマークとPOST OFFICEの英字がシャレている。
 大通り(横浜上麻生線)の角に立つ「サリサリカリー」でランチ。店名のとおり、カレーがメインの店だが骨つきチキンをじっくり煮込んだスパイシーなカレーは実にウマイ。横山剣のCKB(クレイジーケンバンド)と縁のある人がやる店なのか、写真やアルバムが飾られている。イーネッ!
 六角橋から1キロばかり南下すると、国道1号の向こうのJRと京急の線路に挟まれるように慶運寺がある。門前に亀を下敷きにした石柱を置いたこの寺、本堂に阿弥陀をまつった浄土宗の寺だが、浦島太郎の関係史跡で知られている。
 住職から浦島伝説の話を伺った後、京急東神奈川(ひと頃まで「仲木戸」といった)から一つ、神奈川新町まで京急電車に乗った。神奈川新町のホーム脇には電車区があって、赤に白帯の車両が何台も止まっている。ちなみにこの電車区のある駅北口は亀住町、国道1号の向こう側、丘陵地には浦島小学校とか浦島丘中学校とかの施設が地図に見られる。駅の南口の運河ぞいに続く浜通りの方へと歩いたが、この辺には浦島町の名があてられている。
 背の低い家と横に狭い路地が口を開ける子安の古い漁村集落の一帯を歩く。慶運寺の像にかたどられた浦島太郎と観音様の出会いの場も海上だった…というから、浦島伝説はこの辺の漁師の間から広まったのかもしれない。
 京急の子安駅の横を通って、渋いソバ屋の脇からJR線の下をくぐる寂れた地下道を進んで北側に出ると大口商店街の一角に行き当たった。大口というのはこの先のJR横浜線の駅だが、そちらへ向かって懐かしい雰囲気の商店街がうねうねと続いている。クラシックな一眼レフカメラを陳列したカメラ屋などを横目にのんびりと歩いていくと、やがて、通りの右手に大口駅が見えてきた。白い駅舎の前の広場にソテツの木が植えこまれた景色は、南国の四国あたりの駅を思わせる。ウミガメにのって浦島太郎が現れそうだ。
<所要時間・運賃>渋谷-白楽 約30分・280円/京急東神奈川-神奈川新町 1分・140円
     ◇
<いずみ・あさと> 1956年生まれ。コラムニスト。著書に「1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。」など
<なかむら・るみ> 1980年生まれ。イラストレーター。著書に「おじさん図鑑」「おじさん追跡日記」など
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