<泉麻人のきまぐれ電鉄>(3)さよなら としまえん こんにちはトキワ荘

2021年8月4日 13時29分
 泉麻人さんが、なかむらるみさんと電車で東京近郊をぶらつく散歩エッセー。その3回目です。

◆池袋→豊島園:西武池袋線・豊島線 練馬春日町→落合南長崎:都営大江戸線

 池袋駅の西武線の改札口に集合。左端のホームから豊島園行き各駅停車に乗る。今の西武線はいろいろなデザインの電車が走っているけれど、これは銀色に青や緑の模様をスタイリッシュにちりばめた車両だ。
 長年親しまれた「としまえん」が8月31日をもって閉園してしまう、というので先月中旬に訪れた。練馬の先で分かれて豊島園へ向かう短い単線の区間は、豊島線と名付けられている。枝分かれする二叉(ふたまた)の所は、ひと昔前まで畑と雑木林のような感じでローカル線風情があったものだが、本線が高架線になって、また周囲も宅地に埋めつくされて往時の面影はない。しかし、逆三角形に広がる豊島園駅のホームの景色は少年時代の記憶と同じだ。豊島園跡地にハリー・ポッターのテーマパークができるらしいが、するとこの豊島線もやがてホグワーツ線と呼ばれるようになるのかもしれない。
 豊島園は大正15年開園。ファミリー向け遊園地になるのは戦後で、僕が物心つく昭和30年代中頃は東京西部を代表する娯楽施設になっていた。
 幼稚園児の頃に観(み)ていた子供向けのアクションドラマ「まぼろし探偵」に、豊島園のシーンがある。主人公の少年新聞記者ススム君(実は、まぼろし探偵)が豊島園の取材にやってきた折、ニセ札作りの一味と遭遇する…なんていう話。看板のアトラクションだったウオーターシュートの光景も記録されている。ウオーターシュートが設置されていた大きな池はもはや存在しないが、所々に聳(そび)えるヒマラヤスギの高木などはかなり古くに植えられたものだろう。
 幼き日の僕が園内でまず始めに行った昆虫館で、同年代の地元育ちの館長さんと思い出の虫採り話などをちょっとやりとりしてから、石神井川南側の流れるプールへ向かう。記念乗車券などを整理した僕のストックブックに、昭和47年と表記された「流れるプール」(昭和40年完成)の半券がある=写真。
 プールサイドにドイツのアイスクリームの売店があるけれど、ここで昔なかむら画伯はバイトをしていたらしい。
 園内のレストランでアンガス牛のステーキ定食を食べてもう1カ所、近くの歴史名所に立ち寄ろう。石神井川の中之橋を渡り、豊島園通りを北方へ進み、練馬春日町の交差点に差しかかる。昔の富士街道の向こうに愛染院がある。
 この参道の入り口に建立されているのが練馬大根の碑。漬物に向いた大根で、富士街道を少し西の方へ行った所にタクアンの樽(たる)を看板にした老舗「宮本食品」がある。ちなみに、愛染院境内の梵鐘(ぼんしょう)の台座にボコボコと不整形の石が埋めこまれているが、これは付近の漬物業者から寄贈されたタクアン石なのだという。
 練馬春日町から大江戸線に乗り、落合南長崎へ。手塚治虫をはじめ人気マンガ家が駆け出しの頃に暮らしたアパート、トキワ荘の再現施設がこの夏オープンしたのだ。この辺は僕の実家から数百メートルのご近所。落合南長崎の駅を出て、目白通りの向こう側の横道にわが実家の門前をチラ見しつつ、南長崎花咲公園の一角に誕生したトキワ荘マンガミュージアムへやってきた。
 玄関先に<トキワ荘>と筆書きされた四角柱型のトタン看板が置かれ、マンガ家たちがよく利用した旧型の電話ボックスまで再現されている。入り口の沓脱(くつぬぎ)に昔のゲタ箱、ぎしぎしと音が鳴る仕掛けの木階段を上ると、ちゃんと畳を仕込んだ四畳半の居室が廊下づたいに並んでいる。マンガ家の仕事道具や資料本が置かれた部屋もあり、窓越しに見えたと思(おぼ)しき往年の景色が描かれている。1階にはマンガ雑誌やソノシート、歴史年表…。いやぁ、入場無料にしてはなかなか手の込んだ博物館だ。
<所要時間・運賃>池袋~豊島園 約15分・180円/練馬春日町~落合南長崎 9分・220円
     ◇
<いずみ・あさと> 1956年生まれ。コラムニスト。著書に「1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。」など
<なかむら・るみ> 1980年生まれ。イラストレーター。著書に「おじさん図鑑」「おじさん追跡日記」など
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