涙の吉田萌…メダル逃した責任一身に 乾友紀子のパートナーとして重ねた努力、チームで成果を<アーティスティックスイミング>

2021年8月5日 10時53分

デュエット決勝フリールーティンで演技する乾友紀子(左)、吉田萌組=いずれも東京アクアティクスセンターで

 演技後のインタビューでは、泣きじゃくって言葉がなかなか出てこなかった。4日夜、アーティスティックスイミングのデュエットでメダルを逃した吉田めぐむ(26)=ザ・クラブピア88、名古屋市出身。エース乾友紀子(30)=井村ク=のペアに抜てきされてからの3年間、猛練習に明け暮れた吉田は6日からのチームで雪辱を期す。

◆五輪を意識、そして一変した競技人生

 4歳で本格的に始めた競技。名古屋大谷高時代に国体入賞を経験し、愛知学院大に進学後も取り組み続けたが、代表は遠い存在で「そんな位置には…。のんびりしていたのかな」と振り返る。2016年のリオデジャネイロ五輪は家で観戦。ただ、新たな4年周期に入る段階から五輪への意識を強めた。

デュエット決勝フリールーティンの演技を終え、スタンドに手を振る乾友紀子(左)、吉田萌組

 競技人生が一変したのは18年初夏。日本代表の井村雅代監督が、身長169センチで長い手足の吉田に目を付けた。大柄な海外勢に対抗するため、09年から代表で演技を続ける身長170センチの乾の相棒に起用された。技術や高さに抜きんでたエースとの差は歴然。だが、将来性を期待された。

◆初の「世界」で力不足を痛感

 吉田にとって初出場だった19年世界選手権は4位に終わった。「自分の力不足」と責任を痛感した吉田と井村監督の、早朝からのマンツーマン特訓が始まった。
 ほぼ2日に1度のペースで早朝の5時半からプールに入り、基礎を見直した。「1日が24時間では足りないくらい」。乾は練習に付き合おうとしたが、井村監督はあえて「来ないで」と言った。それほど吉田に心血を注いだ。20年の書き初めに選んだ言葉は「前進あるのみ」と「追」。乾に追い付きたい一心だった。

デュエット決勝フリールーティンの演技を終えた乾友紀子(右)、吉田萌組を迎える井村雅代ヘッドコーチ(中)

◆雪辱でうれし涙を

 4日のデュエットは初出場の緊張からか動きが硬く、特訓のきっかけとなった世界選手権と同じ順位だった。吉田は「たくさん練習してきたつもりだったが、結果につながらなかった。まだまだ足りてなかったんだな」とまた、自分を責めた。でも、まだ特訓の成果を見せるチャンスは残っている。次はうれし涙を流せるよう、積み重ねた努力を信じてチームに臨む。 (磯部旭弘)

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