反骨の言語学者「F爺」小島剛一さんが10年前、東京新聞に語った思い 圧力に屈せず続けたトルコの少数民族調査で見えたこと

2021年8月6日 12時44分

◆行く先の見えないトルコの少数民族政策

トルコ北東部の村で、茶畑の前で遊ぶラズ人の子どもたち。大人のラズ人の写真は「危険すぎて公表できない」という(小島剛一氏提供)

 2003年7月、今度は勧告ではなく、無期限の国外退去処分が下った。それでも国際電話や電子メールを駆使してラズ語の調査を継続し、完成した文法書や辞書をネット上に公開。多くのラズ人に感謝された。
 一方、ザザ語の「遠隔調査」は無理だった。1980~90年代を中心に、テロ対策と称してトルコ東部の4000以上の村が空爆されたためだ。テロ対策は続いており、親しかったザザ人たちも連絡がつかないままだ。
 昨年出版した続編は「漂流するトルコ」(旅行人)。行く末の見えない同国の少数民族政策を表現した。イスラム圏初の欧州連合(EU)加盟を目指し、多言語国家だと認めた90年代以降、少数民族への融和姿勢を打ちだしているが、「EUの圧力に対するポーズにすぎない。この先も漂流を続けるでしょう」と断言する。

◆チェルノブイリ事故の健康被害はトルコでも

 サスペンス小説のような極秘の調査旅行では、放射能汚染禍も目の当たりにした。86年の旧ソ連・チェルノブイリ原発事故による大規模な健康被害は、トルコの黒海沿岸一帯でも起きていた。
 欧州の放射能汚染地図からトルコは消えているが、隠れた「ホットスポット」が存在したのだ。
 「例えば、北東部にあるラズ語域のリゼ県メカーレスキリット村では、事故翌年の87年に生まれた17人の子ども全員が、90年代後半になり、白血病で命を落とした。その中には、私のひざの上で遊んでいた子どももいました」
 同村を含めた黒海沿岸で2000年以降、がん患者の発生率が以前の10倍以上に増えたという。

◆十数年後に顕在化した被害 福島第一原発事故に当てはめると

 原発から1300キロ超も離れた土地で、十数年後に被害が顕在化している。同じく「レベル7」事故が起きた福島第一原発を中心に半径1300キロの円を描くと、北海道から九州までの日本列島がすっぽりと収まる。放射性物質の大半は太平洋上に流れたが、「いずれ各地で健康被害が明らかになるだろうが、政府も東京電力も『因果関係は証明できない』と主張するのでは」と危惧する。
 東日本大震災では、岩手、宮城県沿岸部に住む親族や知人も被災した。親族の1人は行方不明のままだ。この夏、小島氏は新著の準備のため帰国した。被災地でがれきの撤去作業に参加する予定だ。「今はまだ気持ちの整理ができないが、これで区切りが付くと思う」
 震災発生の2週間後、自身が指揮者を務める合唱団のコンサートをストラスブールで敢行した。
 立ち見が出るほどの聴衆が集まり、宮城県民謡「大漁歌い込み」を披露すると、客席から泣き声が聞こえてきた。「世知辛く他人のことには構わないヨーロッパ人が、日本の震災でこれほど泣くのか」。うれしい発見だった。5、6月にもフランス国内でコンサートを開き、多額の義援金が寄せられた。

◆小島さんの目に映る原発事故後の日本政府や政界

 フランスの各メディアは震災2日後の時点で「福島第一原発のメルトダウンは避けられない状況」と断言していた。
 反骨の言語学者の目には日本政府の対応はどう映ったのか。「今も『ただちに健康被害はない』などと国民に言い続ける政府は卑劣だ」と語気を強めた。
 そしてチェルノブイリの健康被害を見聞きした体験から、震災を機に“菅降ろし”へと加速した政界にも「権力争いにかまけ、誰も深刻な現状を理解していない」と手厳しく締めくくった。

◆デスクメモ

 小島さんは幼くして「ことば」に強い興味を持った。秋田県内を引っ越すたびに異なる方言をゲーム感覚で覚えた。ロシア語や北京語にも親しみ「国語辞典が愛読書だった、と今でも笑い話」。来春の新著は多数の言語に接した中、日本語文法の「常識」の疑問を追究した内容という。今から楽しみだ。(呂)
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