泉 麻人 東京深聞《東京近郊 気まぐれ電鉄》昭和おもいで電車(その6) 中1の春に消えた玉電のこと(前編)

2021年8月11日 09時50分

コラムニストの泉麻人さんとイラストレーターのなかむらるみさんが、電車に乗って東京近郊の街を旅する「散歩エッセー」です。

中1の春に消えた玉電のこと(前編)

 この<昭和おもいで電車>のシリーズ、今回(前・後編)取りあげる「玉電」(東急玉川線)は、現存する世田谷線の区間を除いて廃線になってしまった鉄道だ。もっとも、昔の玉電の多くの区間は東急田園都市線として地下化されているが、246(玉川通り)の路面を走っていた玉電と同一の路線とはいいがたい。
 東京とはいえ新宿区の落合で生まれ育った僕にとって、渋谷から出る玉電はほとんどなじみのない電車だったけれど、廃止されたのは都電などの路面電車に興味をもちはじめた中学1年の春だったので、サヨナラ運転の日にわざわざ写真を撮りに行った。中1のクラスで知り合ったS君に誘われたのだ。もっとも彼とは他の思い出が残っていないから、親友というほどではない。何かのきっかけで話が盛りあがったのだろう。

道玄坂を上りきり、玉川通りと合流したところにあった停留場・上通(かみどおり)。路面電車に興味を持ち、撮りに行った写真(泉麻人さん撮影)

 その日、1969年(昭和44年)の5月10日は土曜日で、当時の記録によると前日が遠足だったようだから、おそらく完全な休日だったと思われる。カメラは以前書いたかもしれないが、初めて手にしたリコーオートハーフというカンタン操作がウリのベストセラー品だった。
 それで撮った渋谷のホームの写真が何点かあるけれど、玉電の乗り場は井の頭線と銀座線(西方の車庫へ向かう)の狭間の妙な場所にあった。先頃閉館になった東急デパート西館(2階)の一角に改札口があって、その先に半露天みたいな感じのホームが延びていた。そもそも東急の西館の前身は玉電ビルといって、近頃東京ネタのクイズなんかでヘンに有名になったロープウェー(ケーブル)は、この玉電ビル屋上と東急の東館屋上を結んでいたのである。

当時の渋谷駅ホーム。渋谷から二子玉川園の路線を走っていた東急玉川線。高架上にある線路は、車庫に行く当時の銀座線でした。(泉麻人さん撮影)


玉電が走っていた街


 渋谷ホームの写真に映りこんでいる丸っこい電車(205の番号が読みとれる)が、玉電の看板車だった200形で、「ペコちゃん」あるいは「イモムシ」の愛称があった。鉄道雑誌にはスペインの特急電車にたとえた「タルゴ」の愛称がよく使われていたが、これは台車に由来する話でシロートにはわかりにくい。
 さて、渋谷を発車した玉電は、ほぼ現在のマークシティの通路にあたる部分の専用軌道を上っていって、道玄坂の中腹に出る。広い246に合流する直前に上通かみどおりの電停があって、旧山手通りの交差点先をすぎると、傍に車庫のある大橋、池尻、三宿と三軒茶屋へ向かって進んでいく。
 当時は三軒茶屋の世田谷通りとの分岐点に信号灯があって、ここで右方に分かれた世田谷線はさらに右の専用軌道へと入っていった。まぁ現存する世田谷線については今後、乗車取材する可能性もあるのでここではふれない。246を直進する本線(玉川線)はこの後、中里から上馬にかけて車道と並行する専用軌道を走る。運転最終日よりも2、3ヶ月前の小学校卒業間際に「お別れ遠足」というのがあって、貸切バスで横浜の「こどもの国」へ行ったのだが、その車中、窓越しに中里、真中あたりの車道脇の軌道を走る玉電を眺めたのが、“玉電原風景”として残っているのだ。郊外の中途半端な路面電車、みたいな感じが珍しかったのかもしれない。
 駒沢の電停を過ぎると、いまどきの田園都市線のルートと同じく右手へ湾曲していく旧道の方へ進んで、新町、桜新町、そして用賀でまた専用軌道になる。
 再び玉川通り(旧道)と合流すると、現在の環八交差点のあたりに瀬田の電停があり、この先からまた専用軌道の坂を二子玉川園へ向かって下っていく。地下を走ってきた田園都市線がようやく地上に顔を出すのは、まさに昔の玉電軌道のところなのだ。

「さよなら玉電」の告知掲示板。1969年(昭和44年)玉川線は廃線になりました。(泉麻人さん撮影)


 ところで、サヨナラ運転の日にここまでずっと乗ってきたような書き方をしたが、実際三軒茶屋くらいまでしか乗車した記憶がない。写真に残っている街頭風景は「上通」の周辺だけだから、もしや1駅だけ乗って引き返してしまったのかもしれない。
 というのは、当日東急デパート(西館の上階だったか?)で玉電の部品セールをやっていて、そちらでお宝をゲットするのに関心が向いていたのだ。行ってみたが、人気の行先表示板などはもう売り切れていたか、高かったかで、結局、料金箱とドアの把手を入手した。

バラバラになった玉電の切符。(泉麻人さん撮影)

 料金箱は玉電のマークが刻印されている以外、鉛色の地味なグッズだったが、ふと逆さにして振ってみると、玉電のキップの残骸がバラバラと舞いおちてきて、ちょっと得をした気分になった。
・・・・・・後編へつづく
次回の更新は、8月25日(水)を予定しています。




PROFILE


◇泉麻人(コラムニスト)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。




◇なかむらるみ(イラストレーター)
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。
https://tsumamu.tumblr.com/






◇◆書籍本のお知らせ◆◇
待望の街コラム散歩エッセー 第2弾『続 大東京のらりくらりバス遊覧』として書籍化!
泉麻人 著  なかむらるみ 絵
定価1,540円(10%税込)
四六判 並製 214ページ(オールカラー) 
あの路線のあのツウなスポットをバスで探索する、ちょっとオツなバス旅エッセー待望の第2弾!“バス乗り”を自認する泉麻人さんが、人間観察の達人・なかむらるみさんを相棒に路線バスで東京あたりを探索。訪れたのは、有名どころから「東京にこんなところがあるの?」という場所、読むとお腹がすきそうな美味しい店や、完全に泉氏の趣味な虫捕りスポットなど盛りだくさん。面白い名前のバス停もしっかりチェックしています。
日々進化を遂げる東京(とその周辺)のバス旅、あなたも楽しんでみてはいかがでしょう。
第2弾『続 大東京のらりくらりバス遊覧』書籍の⇒ご紹介はこちらから
第1弾『 大東京のらりくらりバス遊覧』過去2年分(第1話~第24話)
⇒第1弾書籍のご紹介はこちら

関連キーワード

PR情報

泉麻人 東京深聞の新着

記事一覧