薬(クスリ)を食う女たち 五所純子著

2021年8月8日 07時00分

◆絶望と希望 刹那を生きる
[評]栗原康(アナキズム研究)

 「クスリを食った女たちはもっとも低いところに落とされる」。本書は薬物中毒に陥った女性たちのルポルタージュだ。
 たとえば高校生のころ母親とケンカして家出して、知りあった男とホテルに入り、覚醒剤を打たれる。あとは男のいいなりだ。薬をもらうためなら、どんな性暴力も受け入れてしまう。もっとほしい。気づけばヤクの売人になっていた。なんど逮捕されてもやめられない。あるいはDVを受けても薬をくれる男に依存。そこから逃げて一緒になった男も薬物中毒。地獄、地獄、地獄。
 その根底にはセクシズムがある。女性を薬漬けにして性奴隷化するメカニズム。だがそれを批判するにも、正しい主義主張(イズム)をふりかざすのではいけない。薬を食べる女性を悪として断罪してしまうからだ。心の弱い被害者を希望の未来に誘おう? ふざけんな。そうやって他人の生をコントロールすること自体が支配なのだ。
 著者は言う。たしかに本書の主人公たちは被害者だ。だけどドラッグに酔い、醒(さ)め、病み、痺(しび)れながらも、かの女たちは自分たちのことを自分たちでまもり、癒(いや)し、責め、罵(ののし)りあって生きてきた。女たちの乱反射だ。就職、結婚、出産、育児。この社会であたりまえのように強いられる女たちの未来を踏み外す。別の生がはじまっていく。善悪の評価はない。主義主張のないイズム。麻痺(まひ)したイズムを生きるのだ。
 さて本書が特におもしろいのは後半だ。著者が薬を食う女たちに憑依(ひょうい)していく。もはや誰の言葉かわからない。ラリっているのか? 接続詞が消えていく。ああしたからこうなる。そんな時間の感覚が消えていく。「いま、いま、いま。蟻(あり)、蟻、蟻」。いましかない。未来のくびきを断ち切って、猛烈にいまこのときを生き抜いていく。そんな女性たちを一文一筆で表現しよう。未来に希望などない。だがその希望が人生を一瞬で駆け抜けるのだ。よし、もう一回。この悲しみで強くなれ。とまれ、ドラッグ・フェミニズム!
(河出書房新社・1892円)
1979年生まれ。文筆家。共著『1990年代論』『心が疲れたときに観る映画』など。

◆もう1冊

堅田香緒里著『生きるためのフェミニズム パンとバラと反資本主義』(タバブックス)

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