コロナ禍の五輪が残したものは? 「国際感覚とのズレ」「日本の劣化」「雰囲気に流される未熟な国民性」…各界識者に聞く

2021年8月9日 06時00分

◆「政治家が前面、『安心・安全』の根拠示さず」

 「五輪の目的は、五輪憲章にある『人間の尊厳の保持に重きを置く、平和な社会の推進』。この理念に沿えば、開催はあり得なかった。感染拡大で人々の命は脅かされ、人間の尊厳が踏みにじられている」。一橋大大学院の坂上康博教授(スポーツ社会学)はこう指摘する。
 コロナ禍を受けた大会の1年延期は昨年3月、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長と安倍晋三首相(当時)の電話会談で決まった。「スポーツから政治の介入を排除するべきなのに、政治家が前面に出た。『安心・安全な大会』の根拠を示さず、国民も納得していなかった」と坂上さん。開催への反発や感染の恐怖から、海外選手団が滞在するホテルが中傷されたことを挙げ、「五輪がわざわいと捉えられた」と嘆く。
 平和な社会づくりにスポーツを役立てる―。それが五輪の意義のはずなのに「感染を防ぐため、選手村でも会場でも選手は接触を避けた。ホストタウンの交流事業も中止。互いに理解を深め、平和につなげるという五輪の根幹が台無し」。坂上さんは、調査委員会を設けて経費や労力などを検証するべきだと提言する。
 「開くべきではないのに開いたとの思いから、皆が感情を抑え込み、曖昧に笑ってやり過ごしていた」と表現するのはプロデューサーの残間里江子さん。強行開催を許した結果、人々は選手に拍手を送ることも、コロナ禍に心を痛めることもためらわれたはず、と唱える。「テレビで、コロナで苦しむ患者の映像が流れたと思うと金メダルを取った選手の姿が報じられる。異様な状態に、いたたまれなかった人は多いだろう」

◆若い選手「国超え交流 軽やか」

女子パーク決勝3回目で転倒しながらも4位となり、海外選手から持ち上げられる岡本碧優

 ただ、光も見いだした。若い選手の姿だ。「例えば、スケートボードの選手たち。同じことが好きな仲間として国を超えて互いを励まし、純粋に大会を楽しんでいた。大人がつくりだした世界を乗り越える軽やかさを感じた」
 若者文化に詳しいマーケティングアナリストの原田曜平さんは「今回は『SNS動画五輪』の始まり。選手が自分で撮った素の表情や生活が伝わる動画をSNSで流し、若者はそこを入り口に、テレビで五輪を見ていた」と説明する。
 さらに原田さんは「話題になるのは、選手の知名度や実績と関係なく、バズる(爆発的に広まる)動画。発信者が選手だったので五輪にも興味を持つようになる」と分析。今後、SNS動画はスポーツにとって、ファン獲得や競技人口拡大のチャンスになると見る。
 一方で原田さんは、日本人の危うさも感じ取った。「開催に反対する人が多かったのに、始まると五輪の空気になった。その時の雰囲気に流される未熟な国民性を感じた」

◆「人権意識欠如 変わるか問われている」

閉会式中に行われた東京五輪・パラリンピック反対デモ

 東京都立大の舛本直文客員教授(五輪研究)は「五輪は、平和ではないこの世界をどう平和にするかを考える機会。五輪が目指す平和とは、人が人として生きるのに必要なことが保障された状態を指し、人権が尊重され、差別や搾取のない世界を言う。コロナ禍の今なら、医療体制が貧弱な国にもワクチンが行き渡ることでもある」と説く。
 とはいえ、大会でその使命が果たされたとは思えないという。組織委会長の女性蔑視発言、開閉会式の演出統括の女性タレント侮辱、「いじめ自慢」で辞任した楽曲制作担当ミュージシャン…。ユダヤ人虐殺をネタにしたコントで物議を醸した元芸人の解任劇もあった。
 舛本さんは「人々は、人権意識があまりに欠如していると実感しただろう。これを教訓に、日本人の意識が変わるかが問われている」と強調した。

◆デスクメモ 「やって良かった」で終わらせるな

 朝起きてテレビをつけると、男子マラソンが流れていた。大迫傑選手が1度は先頭集団から離れながら必死に食らい付き、2人を抜いた場面に胸が熱くなった。選手は皆、本当によくやったと思う。ただし、それと開催の是非は別の話。「やって良かった」で終わらせてはいけない。(千)

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