<ブルボン小林 月刊マンガホニャララ>(28)サブカル発 メジャー級の可能性

2021年8月9日 07時10分
 小林賢太郎も小山田圭吾も僕にとっては一九九〇年代以降のカルチャーを牽引(けんいん)したヒーローだったのだが、五輪にまつわる報道をみた大勢の反応は「そんなひどいことをしていたなんて!」という以前に、素朴に「誰ですか?」という声が多かった。
 NHKで冠番組が放映されたり、グラミー賞にノミネートされたりしていて、すっかり皆さんご存じの二人と思っていたが、サブカルチャーの人たちだった。それが真のメジャー中のメジャー(五輪)から跳ねのけられた(ようにみえた)。もちろん「サブカルだから」辞退、解任だったのではない。彼ら自身反省の弁を発表したし、僕も擁護しない。ただ彼らの過去のふるまいにみられる不謹慎さは、サブカルチャーに紐付(ひもづ)いたふるまいだったとも思える。
 だから二人の処遇はそのまま「サブカルチャーの決定的終焉(しゅうえん)」と映り、僕には妙な寂寞(せきばく)感があった。

東京五輪開会式の入場行進で掲げられた漫画風の国名プラカード

 漫画もかつてはサブカルチャーだった。それは活字の世界より劣るとみなされての「サブ」扱いだったが、今や件(くだん)の開会式に「漫画」が駆り出された。プラカードがそうだ。漫画好きとしてはまるで嬉(うれ)しくない。平和そうなフキダシに集中線って、漫画に少しも理解がない!
 今は(まさに先の二人が活躍したころから)漫画の中にメジャーとサブカルがある。「決してマイナーではない(魅力がある)がメジャー(のような俗なもの)ではない、クールな存在」をサブカルと呼ぶようになった。
 それは感覚的な定義のようだが、大きな書店の漫画売り場には今でも「サブカル」という棚があり、どこも同じ本が置かれている。
 僕も、ある漫画をめくった瞬間「これ、書店員の誰某(だれそれ)さんが雑誌で紹介するぞ」「年末の『このマンガがすごい!』で上位にランクインするな」と一秒で思えるときがあり、それはよく当たる。
 『思えば遠くにオブスクラ』は間違いなく、サブカル漫画好きにまず愛される作品だ。
 ドイツに移住した人見知りの映像カメラマンの日常を、景色と食事を絡めて描く。主人公を含め、ルームシェアする女性達(たち)が恋愛にまったく興味を示さずに(そのことへの言及もなく)「ただ」暮らす。異国で日本食を再現しようと手抜きをせずに自炊する一方、路面売りのジャンクな食品も愛する。

靴下ぬぎ子『思えば遠くにオブスクラ』 *上、下の全2巻。上は6月、下は7月発行。秋田書店。

 カメラも「ちゃんとした食事」も色恋に走らない暮らしも、少し前の「ロハス」的な良さで、雑誌の「クウネル」全盛期ならばもっと強固に(サブカル好きに)愛されたろう。
 だけどここには更新がある。カメラが素敵(すてき)なアイテムでなく、職業の道具である。ライカの撮りにくさを具体的に描く。同様に人の気持ちも雰囲気でなく「理屈」を描いているのがとても気持ちいい。
 近所の大きな書店には五輪公式グッズの販売コーナーもあり、ずっと閑古鳥だったのに開会式の翌日から大勢が物色するようになった。それは構わないが『〜オブスクラ』が、もっと広くメジャー級に(そういうミーハーな人に)売れても全然いいし、それだけの魅力はある。
 今回、五輪(的な巨大な娯楽)の終焉の始まりを感じ取った人だって大勢いるはず。今作の主人公の地に足の着いたふるまいには、その次を楽しんで生きる若者のための明かりが灯(とも)されているようにさえ思える。 (ぶるぼん・こばやし=コラムニスト)

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