<お父さんへ 父と娘の14000通>(最終回)父も娘も年を取る

2021年8月12日 07時12分
 この二十年で、両親は五人の孫を授かり、母方の祖母を見送り、白内障をはじめ命に関わらない多くの病気をした。
 七千通を超える父のメールは老いの記録でもある。東京での五輪開催が決まった時、父は八十歳までは生きるつもりだから五輪を生で見たいと書いてきた。一昨年、五輪のチケットが取れたので「お母さんと見に行ったら」と誘った。返事は「大阪開催なら見に行きたいけど、東京まで行くのはしんどい」。軽くショックを受けた。
 そうかと思えば、愛川欽也が八十歳、平尾昌晃が七十九歳で亡くなった時、父は「まだ若いのに」と書いてきた。私は「寿命だな」と思ったのに。
 ある日、勤めていた銀行の経営統合が新聞に載っている、ショックだ、とメールが来た。でも半年前も父は同じことを書いていた。会話なら言った言わないになるが、メールは証拠が残る。私は半年前の父のメールを添付し、書いたこと自体を忘れるのは問題だと検査を勧めた。翌朝の父のメールには、年を取ると記憶が抜けることがある。そのたびに認知症を疑われたら気軽にメールできないと切々とつづられていた。私がやったことはひどく無神経だった。
 八十までは生きる、八十まではゴルフを楽しみたいと、いつも書いてきた父は今年秋、八十になる。最近はじいじ(祖父)八人だから「G8」という会を同世代の友人たちと立ち上げて共同農業に夢中。まだしばらく「お父さんへ」は続きそうだ。 (宮崎美紀子)
      ◇
 父、79歳、兵庫県在住。娘、52歳、神奈川県在住。ひょんなことから、二十年間毎日、互いに七千通超のメールを送り続けた父と娘のコミュニケーション術。

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