「20年で気持ちの区切り」69歳母は娘2人の遺品を処分した…東京・歌舞伎町ビル火災

2021年8月14日 06時00分

仏壇に飾られている長女植田愛子さん(左)と次女彩子さんの写真=いずれも東京都豊島区で

 44人が死亡した東京・歌舞伎町のビル火災は来月1日で発生から20年を迎える。ビル4階の飲食店で働いていた長女愛子さん=当時(26)=と次女彩子さいこさん=同(22)=を亡くした東京都豊島区の植田安子さん(69)は「悲しみがなくなることはないけれど、20年の月日が気持ちを整理する区切りになった」として、今春、2人の遺品を整理した。(奥村圭吾)

◆今春、自身の「終活」で

長女愛子さん、次女彩子さんの遺品を整理する植田安子さん。手前は事件当時愛子さんが愛用していた財布とたばこケース

 2001年9月1日未明、火災のニュースを見た娘の知人から電話があり、安子さんは急いで愛子さんの携帯電話を鳴らした。電話に出た消防隊員は「詳しい状況は…」と言葉を濁した。祈りは届かず、2人は帰らぬ人となった。当時の2人の年齢を足すと、安子さんとほぼ同じ年齢だった。「代わりに私を殺してくれればよかったのに」と苦しさのあまり自殺も考えたという。
 「年齢的にも精神的にも、向き合えるのは20年だろう」。安子さんは火災直後、直感的に自分の中で区切りを決めていたという。勤め先を辞めた今春、自身の「終活」の一つとして遺品の整理に取り掛かった。
 火災の約半年前、愛子さんと彩子さんは都内のアパートで2人暮らしを始めたばかりだった。火災の後、安子さんは部屋を引き払い、部屋にあった物を自宅で大切に保管してきた。

植田愛子さんが愛用していた財布やポーチ。今は母の安子さんが形見として持ち歩いている

 遺品整理を始めると、娘たちの洋服やバッグ、化粧品、雑貨などで部屋が埋め尽くされた。「あの子たちでいっぱい。幸せな時間だったな」。捨てるのは忍びなかったが「ごめんね」と心の中でつぶやきながら段ボール箱に詰めていった。

◆優しい姉、ひょうきんな妹

 遺品に触れると思い出がよみがえった。愛子さんは姉御肌で困っている人に手を差し伸べる優しい性格だった。飲食店に住み込みで働く友人を実家に呼び、安子さんがご飯を食べさせたこともあった。ひょうきんな彩子さんは、いつも友達に囲まれている人気者。「2人はよくけんかしたけど、すぐに笑って歩み寄る仲のいい姉妹でした」
 安子さんは20年間、毎朝、仏壇にお茶を供え「今日もお母さんを見守っていてね」と語り掛けてきた。遺品整理を終え、「もっと寂しくなると思ったけど違った。ずっと2人を感じてきたからかも」と話した。

◆生きているうちに解決を

 一方で、火災の原因は特定されておらず、警視庁は放火と失火の両面で捜査を続けている。出火原因については、警視庁の捜査が今も続く。安子さんは「いろんな人の支えがあり、悲しみを乗り越えてきたが、捜査の進展だけがずっと心に引っ掛かったまま。事件ならば生きているうちに解決してもらい、2人に報告したい」。今年の命日も現場に花を手向け、2人の冥福と事件の解決を祈るつもりだ。

歌舞伎町ビル火災 2001年9月1日午前1時ごろ、歌舞伎町1の雑居ビル「明星56ビル」の3階エレベーターホール付近から出火し、3、4階部分を焼き、3階のマージャン店と4階の飲食店の客と従業員計44人(男性32人、女性12人)が一酸化炭素中毒などで死亡した。08年、防火管理を怠ったとして、ビル所有会社の実質経営者ら5人が業務上過失致死傷罪などで有罪判決が確定した。この火災を契機に消防法が大幅に改正され、防火対象物の定期点検報告制度が創設されたほか、消火設備の設置や避難に関する基準が強化された。ビルは06年に取り壊された。

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