アジアと共に「もうひとつの日本」へ 永井浩著

2021年8月15日 07時00分

◆米国に偏らぬ世界認識を
[評]古関彰一(独協大名誉教授)

 われわれは「平和国家」を掲げて、敗戦後を過ごしてきたが、かつての戦争を脱却できていないなかで、あらたな戦争が徐々に準備される時代を迎えている。
 著者は、毎日新聞でバンコク特派員としてアジアを肌で感じ、その後は大学に移り、アジアと日本を民衆の視点で研究してきた。そのような著者から日本を見るとアジアとの落差の大きさを教えられる。
 インドネシアの辞書に、戦前の日本軍に働かされた「ロームシャ」(労務者)という言葉が入っていることを知る人は少ない。しかもそれは戦前の体験によるばかりか、戦後も「ロームシャ」という映画を上映することが日本の経済進出に悪影響だとして禁じられたという。これぞまさに日本の「サーベルから、札束へ」を象徴している。
 アジアの日本への眼差(まなざ)しは、かつての経済進出から軍事力の行使へと変わりつつあるという。エジプトのイスラム法学者は、かつて日本は、イスラム諸国で尊敬されてきたが、自衛隊が米国のアフガン攻撃の後方支援となったことにより「欧米とイスラムの仲介の資格を失った」とみている。「かつて聖戦、いま国際貢献」と戦争の正当化は不変だと著者の指摘は鋭い。
 だが、日本近代の歴史を繙(ひもと)いてみれば、アジアの民と生きてきた日本の先人もいる。著者はその例として三人の先人を挙げる。中国の革命家孫文を献身的に支援した宮崎滔天(とうてん)、在日朝鮮人の恋人朴烈(パクヨル)とともに死を恐れなかったアナキスト金子文子、「アジア文化会館」のために尽力し、「留学生の父」と慕われた穂積五一である。
 時代を下れば、毎日新聞の記者・大森実のベトナム報道。さらには、ベトナム戦争に派兵された韓国軍の、戦場での虐殺行為を、三十年後に調査報道し、ベトナム国民へ謝罪キャンペーンを行ったハンギョレ新聞の記者たちの勇気。
 こうした「米国に偏らないグローバルな世界認識」をもって、アジアの友と「おなじ人間としての目と心」で、「もうひとつの日本」を目指そうと著者は呼びかけている。
(社会評論社・2420円)
1941年生まれ。ジャーナリスト。著書『される側から見た「援助」─タイからの報告』など。

◆もう1冊 

金子文子著『何が私をこうさせたか』(岩波文庫)。金子の獄中記。

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