<つなぐ 戦後76年>「戦争の傷痕」クロマツを調査 市川の市民団体 「遺跡」指定を要望

2021年8月14日 07時46分

市川緑の市民フォーラムがまとめた、松やに採取痕の調査報告書

 第2次大戦末期の市川市などでは、航空機の燃料用としてクロマツの皮を剥いで松やにが採取されていた。幹などに今も残る溝を「戦争の傷痕」として調査してきた地元の市民団体が、市内で計1783本を調べた結果、採取痕が残るのは71本、可能性はあるものの判断未定が286本だった。市民団体はこうした調査内容を報告書にまとめ、市と市教育委員会に12日、「保護保全とともに、『戦争遺跡』に指定を」などとした要望書を提出した。(保母哲)
 市川市の京成線からJR総武線辺りの砂地の土地「市川砂州」一帯には、市の木に指定されているクロマツが林立している。先の大戦では石油が不足したため、軍部は松やにとともに、根から取れる「松根油(しょうこんゆ)」を手作業で集めるよう国民に指示した。
 こうした歴史を知ってもらおうと、市民有志らでつくる市民団体「市川緑の市民フォーラム」が昨年八月から、どのクロマツに傷痕が残っているかなどを調査。今月一日に「『市川市のクロマツに残る戦争末期の松脂(まつやに)採取痕』調査報告書」(A4判、七十ページ)を発行した。
 調査では、市のクロマツ台帳に記載されている二千二百本のうち、民家敷地内を除く千七百八十三本をメンバーが回った。松やに採取痕と判断できたものや未定以外で、「傷痕は別の要因が考えられる」が二百九十九本、傷痕なしが千百二十七本だった。
 報告書では、四街道市、佐倉市などでも同様に松やにを採取していたことや、採取痕とみられる溝があるマツが各地に残っていることなども紹介した。

市川市教委の担当者に、要望書などを提出する佐野郷美事務局長(中)=市川市第2庁舎で

 しかし、大戦末期には、国内にあった松やに精製工場などが米軍の空爆で破壊され、採取された松やには役に立たなかったという。同フォーラム事務局長の佐野郷美(さとみ)さん(66)は「クロマツの傷痕は、戦争の愚かさを示す貴重な証拠だ」と話す。市教委などに提出した要望書には、傷痕が残るクロマツに説明看板の設置や、学校での平和教育に役立てることなども求めた。
 報告書は三百冊製作。半数を市教委や関係者に配布し、残りを希望者に一冊五百円で販売する。子ども向けに小冊子「クロマツが教えてくれる−戦争のころの市川の暮らし」(仮称)の製作も進めている。
 今月二十二日午前十時には、クロマツの見学会を開く。雨天中止。問い合わせは、いずれも佐野さん=電090(6146)1067=へ。

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