異界への入り口?都内あちこちにある「幽霊坂」 謎を探りに夜、訪ねてみたら 

2021年8月17日 06時33分

足早に通り過ぎたくなる文京区の幽霊坂

東京にはたくさんの坂がある。きょうは夏にぴったりの少しひんやりする坂の物語を。 
 23区内には10を超える「幽霊坂」がある。幽霊にはぴったりの真夏。なぜ幽霊坂なのか、その謎の訳を知りたくて坂を訪れた。
 盛夏の日差しを受けてJR御茶ノ水駅近くの幽霊坂(別稿の(6))に着いた。坂標には「このあたりは木々が茂っていて、昼間でも薄暗かったことから、幽霊坂の名が付けられた」とあるが、坂の両側にオフィスビルが並び、かつての姿をうかがい知ることはできない。
 「幽霊坂だから、訪れるのは夜がいい」というデスクの声に促され、日没後、まずは文京区の幽霊坂に。
 薄暗い坂に立つと、せみ時雨がやまない。街灯の明かりだけが道を照らす。蚊と闘いながら、神田川に向かって坂を下る。右手に公園、左手は高い塀越しに木々が伸びる。犬の散歩をしていた男性に話を聞くと、「幽霊は出ないな。でもヘビは出るよ」とスマホで撮影したヘビの動画を見せてくれた。
 昔は肝試しがこの坂で行われたという。ここから少し離れた日本女子大近くにも別の幽霊坂がある。
 次に訪れた港区三田の幽霊坂はちょっと趣が異なった。坂上の「幽霊坂」と書かれた坂標の横に立つと、生暖かい風がほほをなでた。坂越しに六本木ヒルズが見える。下っていくと寺が両側に位置し、塀の向こうに墓地が広がる。たくさんの卒塔婆(そとば)が塀から頭を出し、墓地からは虫の鳴き声が。「幽霊坂の名に恥じないな」と納得した。
 坂の形態や地名、歴史などを調査する坂学会(二〇〇五年設立)によれば、二十三区内には名前の付いた坂だけでも九百以上ある。約五十人の会員の中には全坂を踏破した人、一年間で八百三十三坂を実踏した人も。磯谷真理子副理事長は乃木坂46などのアイドルグループの人気で「最近は坂道への関心が増している」と語り、「坂道は数え切れないほどあり、名前のない坂の方が圧倒的に多いからこそ、名前のある坂に意味が生じる」と指摘している。

◆江戸にあふれる庶民のしゃれっ気

卒塔婆がのぞく港区三田の幽霊坂

 昨年の当欄「怪談新聞」で江戸の怪談を紹介してもらった横山泰子・法政大理工学部創生科学科教授(日本文化論)に「幽霊坂」についても協力を仰いだ。
 横山教授はまず「坂は高い所から低い所に移行する境界の一つと言えるので、いろいろな怪談が語られやすい」(民俗学者の宮田登・元日本民俗学会会長の説)と指摘し、「東京の山の手は坂が多いことから、坂で怪しい現象が起こったという怪談が語られやすいのでしょう」と説明する。
 日本の地図考証家、横関英一氏の著書「江戸の坂 東京の坂」によると、坂の名は庶民によって名付けられ、単純明快、即興的でしゃれっ気あふれるという。単純な命名法だったので、江戸中の至る所に同名の坂の名が生まれた。横山教授は「幽霊坂が江戸中にあるのも、それゆえです」と解説する。
 新宿区若宮町のゆ嶺(れい)坂は、付近に有名な梅林があって、徳川二代将軍・秀忠が命名したとされるが、「高踏的かつ気取った名前が庶民に歓迎されず、別名で『ゆうれい坂』と呼ばれるようになったようだ」と話している。

港区三田の幽霊坂の坂標

<よこやま・やすこ> 1965年、東京生まれ。国際基督教大学大学院博士課程修了。江戸東京博物館専門研究員を経て、現在は法政大学理工学部創生科学科教授。前・法政大学江戸東京研究センター長。著書に「四谷怪談は面白い」「妖怪手品の時代」などがある。
   ◇
 23区内の幽霊坂の所在地。別名(※)を含む。「坂学会」のホームページから。
★北区 (1)田端1丁目
★品川区 (2)南品川5丁目
★新宿区 (3)市谷柳町と弁天町の間※宝竜寺坂(4)神楽坂1丁目と市谷船河原町の間から若宮町まで※ゆ嶺坂
★千代田区 (5)神田駿河台4丁目※紅梅坂(6)神田駿河台4丁目から神田淡路町2丁目まで=写真(7)富士見1丁目(8)富士見1丁目と2丁目の間(9)富士見2丁目
★中野区 (10)東中野5丁目
★文京区 (11)目白台2丁目(日本女子大西側)(12)目白台1丁目(肥後細川庭園脇)
★港区 (13)高輪2丁目(14)三田4丁目

◆編集後記

 幽霊坂を訪れるならば、日が落ちて、暗くなってからがいい。明るいときに行くと、幽霊の雰囲気とは無縁だ。二十三区内、特に都心部は都市化が進んで、江戸時代のような雰囲気は期待できないが、夜間は「当時はもっと暗くて寂しい所だったのだろう」という想像はできる。記事に書いたように、場所によっては蚊に悩まされる坂もある。訪れるときは肌をむやみにさらさないなど、蚊対策を忘れないでください。
 文・加藤行平/写真・武藤健一、加藤行平
 ◆紙面へのご意見、ご要望は「t-hatsu@tokyo-np.co.jp」へ。

関連キーワード


おすすめ情報

TOKYO発の新着

記事一覧