<江東新聞>水彩都市の憩いの場 無料の釣り堀2カ所

2021年8月18日 07時01分
 62もの区市町村がある東京。担当記者が「編集長」になって一つの街を掘り下げる。

砂町魚釣場で釣りを楽しむ桧山さん

 東京スカイツリーを遠望する下町・江東区の街中に、やや唐突な感じで釣り堀が出現する。二カ所の区営魚釣場(うおつりば)で、利用料金は無料だ。豊かな水辺と緑の「水彩都市」をうたう区が住民サービスとして提供しており、仲間と釣果を比べたり、雑談しに来たりする憩いの場になっている。
 「これはそこそこサイズがあるよ」。東京メトロ東西線の南砂町から徒歩十五分ほど。同区南砂の「砂町魚釣場」を訪ねると、主に中高年の三十人ほどが楽しそうにさおを出していた。
 三〇センチ近いヘラブナを釣り上げた江戸川区の桧山進さん(83)は一時間半で二十匹の釣果。週四日ほど、二十年近く通っているといい「無料でこんなに釣れるところはない。餌の付け方とか、次回も同じやり方で釣れるとは限らないからおもしろい」。江東区亀戸の中村昌利さん(83)も二時間で三十匹の爆釣。「他区にも無料の釣り場はあるけど、規模や魚影はここが一番」と地元の遊び場を誇った。

砂町魚釣場の魚。2匹同時に釣れることも

 釣り堀は長さ八十メートル、幅二十五メートル、深さ二メートル。四十二年前の一九七九年に完成した。
 ここから西へ約二キロの同区千石にも「豊住魚釣場」がある。長さ五十メートル、幅十六メートル、深さ二メートル。八〇年に完成。ヘラブナとコイが放たれている。生息状況によって調整するが、区はほぼ毎年、二カ所で計五百〜千五百キロを放流している。

区民の憩いの場になっている豊住魚釣場

 釣り具や餌は自身で用意する。使えるさおは一人一本。リールや、魚を逃しにくくする「返し」と呼ばれるフック付きの針は使えない。釣った魚は持ち帰らない−などのルールがある。
 立地は少し不思議な感じがする。砂町魚釣場は大きな集合住宅に囲まれた住宅街にあり、豊住魚釣場は区役所や高級ホテルにも近い街中だ。できた経過を区施設保全課に聞いた。
 二つの釣り堀は、どちらも区内を流れる仙台堀川沿いに整備された仙台堀川公園の一部に当たる。仙台堀川は今でこそせせらぎのようだが、元は江戸期以降に活躍した重要な運河だった。治水対策として一部を埋め立てるなどした工事の着手は七八年で、釣り堀を整備する一年前だった。
 区の資料によると、この時期は「区内の川でコノシロやハゼなどの魚影が見られるようになった」とあり、高度成長期に置き去りにされた自然環境が回復しつつあった。水辺を大切にする意識の醸成が求められ始めた時代。「自然の魚を生かした魚釣り場を整備する機運が高まった可能性がある」と同課は指摘する。
 結果として管理のしやすさから、淡水魚を放流するようになったが、水辺との触れ合いを尊重する狙いがベースにあったようだ。
 今でこそ親水を意識した公園の整備は珍しくないが、その「はしり」のような存在だったのかもしれない。あらためて、貴重な憩いの場という気がした。

◆江東区

 人口52万7011人(8月1日現在)。東京湾、隅田川、荒川に囲まれ「水と緑のまち」を掲げる。樹木や草地に運河などの水面を加えた「みどり地」割合は35.95%で東京23区トップ。先日の東京五輪スケートボード金メダルの堀米雄斗選手は区立東砂小、砂町中出身。
★プロ野球場が現在の新砂1付近にあった。1936年に結成された「大東京軍」本拠地の洲崎球場。急造だったため満潮時には潮が入り、バケツで海水をかき出したとされる。38年に閉鎖され、跡地に碑も=写真。
★「夢の島」は、もともと旧東京市飛行場を整備するため39年に埋め立てが始まった。翌年には中止。48年にレジャー施設「東京嶋遊覧地計画」も浮上したが実現せず、同年からしばらく海水浴場になっていた。

◆編集後記

 「あんまり紹介されると人がたくさん来ちゃうよ」。魚釣場の取材中、常連さんから冗談めかした訴えを頂いた。魚釣場の一日平均利用者数は二カ所で計三十七人(二〇一九年度)。極端に混んでいるわけではないところも魅力なのだろう。区内には豊洲市場の近くや臨海部の若洲地区など、ほかにも釣りを楽しめる公園がある。新型コロナ禍だけに、密を避け、うまく分散しながら水辺を満喫したい。
 文・井上靖史/写真・池田まみ
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