<元受刑者の暮らす場所>(下)「出口」支援 生活再建、一緒に探す

2021年8月19日 07時54分

元受刑者を受け入れている規俊荘施設長の橋本恵一さん(左)。石岡純一さん(右)ら入居者に寄り添う=名古屋市で

 六月上旬、東京都千代田区の東京地裁。名古屋市にある障害者グループホーム「規俊荘」の施設長、橋本恵一さん(36)は、ある判決公判の傍聴席にいた。視線の先には入所者の石岡純一さん(45)。覚醒剤取締法違反事件の被告人だった。
 石岡さんは昨年六月、都内で覚醒剤を使ったとして逮捕された。薬物中毒の後遺症で名古屋市内の病院に移送され、八カ月入院。退院後、規俊荘に入居した。その二日後のことだ。後遺症の幻覚や幻聴が出て、吐き気も治まらず、救急車で病院に運ばれた。すぐに施設に戻ったが、体がだるく起き上がれない日々が続いた。「あんな苦しい日々は嫌。覚醒剤はもう絶対やりたくない」と話す。
 在宅起訴された石岡さんの希望を受け、橋本さんは入所先の責任者として裁判に立ち会った。石岡さんは法廷で、規俊荘が金銭や服薬管理をしてくれること、覚醒剤に二度と手を出さないことなどを誓った。言い渡された判決は懲役二年、執行猶予四年だった。
 石岡さんは過去にも三回、覚醒剤使用で逮捕され、刑務所に入った。最後に出所したのは十三年前。その後は同市内の別のグループホームなどで暮らしていた。だが、他の入所者とのトラブルで殴り合いになったことも。居心地が悪くて飛び出した。「前のグループホームは会話が少なかった。規俊荘の人は自分の話をよく聞いてくれる。居場所ができた」と喜ぶ。
 橋本さんは約十年前から、NPO法人の職員として生活困窮者を支援してきた。今の活動の原点は二〇一四年、当時六十代だった元受刑者との出会い。仮釈放されたその男性の身元引受人となり、住まい探しなどを手伝った。その後、男性はホームレスの人向けの炊き出しボランティアに関わるように。「出所者が社会で生きていける居場所をつくりたい」と夢も語っていたが、昨年がんで他界した。「出所後に暮らす場所の確保が立ち直りの第一歩になる」。他の二十人以上の元受刑者とも関わる中で、橋本さんはその思いを強くした。
 規俊荘は昨年五月の開設時から愛知県岡崎市の岡崎医療刑務所と連携し、知的や精神障害のある元受刑者を受け入れてきた。出所が近い人がいると、同刑務所の女性福祉専門官(52)が施設に連絡。橋本さんが刑務所で受刑者と面談し、本人の希望などを聞いた上で、これまでに三人を迎えた。同刑務所は約十年前から、受刑者が出所後に地域で暮らせる場所を紹介する「出口支援」に力を入れている。だが、同専門官は「受刑者を受け入れてくれるよう施設に頼んでも、十軒中七軒は断られる。規俊荘の存在は貴重」と話す。
 規俊荘の職員たちは、元受刑者らの立ち直りをそばでそっと見守る。岐阜県から約一時間かけて通勤する土井孝浩さん(36)は宿直の時、夜中に眠れず起きてきた入所者と二時間話し込んだことも。朝は笑顔で「行ってらっしゃい」と作業所に送り出す。「家庭的な雰囲気が入所者の心を安定させる」と実感している。
 橋本さんが最も大切にしているのは、入所者との対話だ。例えばお金は本人が希望すれば預かり、一日千円ずつ渡すなどのルールを決めている。「指導や禁止など支配的な態度で接しても、相手は窮屈に感じて逃げ出したくなる。なぜそう思うのか、相手の気持ちを確認しながら解決策を一緒に考えるようにしている」 (細川暁子)

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