泉 麻人 東京深聞《東京近郊 気まぐれ電鉄》昭和おもいで電車(その6) 中1の春に消えた玉電のこと(後編)

2021年8月25日 09時40分

コラムニストの泉麻人さんとイラストレーターのなかむらるみさんが、電車に乗って東京近郊の街を旅する「散歩エッセー」です。

中1の春に消えた玉電のこと(後編)

 玉電がいまの二子玉川まで開通したのは明治40年(1907年)のこと。そもそも多摩川の河原の砂利を運搬する目的で敷かれた鉄道で、許可申請当時の社名はベタに「玉川砂利電気鉄道」と称していた。よって、かつては「ジャリ電」と呼ぶ人も少なくなかったというが、玉電はもう1つ、市街化していく渋谷や世田谷の住宅への電力供給にも大いに貢献した。昔の郊外電車は沿線に発電所を設けて、こういう電灯事業もやっていたのだ。
 玉電はやがて多摩川を渡って溝ノ口まで延伸したが、二子玉川から川の左岸を西へ行く砧線という支線もあった。1969年5月10日の最終運転日まで残っていたこのレアな支線に1度も乗らなかったことが悔やまれる。<おもいで電車・玉電>の後編は二子玉川から砧線の跡を辿り歩いてみようと思う。

現在の二子玉川駅にあるバスロータリー。写真は砧本村行きのバス。

 さっきから「二子玉川」といまの駅名で書いているけれど、玉電時代の駅名は二子玉川園。駅東口の「ライズ」の一帯に存在したこの遊園地では円谷プロに近い地の利もあってか、「ウルトラマン」のイベントをよくやっていた。2棟のタワマンがシンボリックに立つライズの一角にバスターミナルが設けられているが、ちょうど蔦屋書店の真ん前あたりの2番のりばから、ほぼ往年の砧線ルートを行く砧本村行きの東急バスが出る。
 砧線は瀬田の方に一旦引き返すように進んでから左手の246を踏切横断していたが、バスは246を北上、玉川高島屋本館の先から中吉通りのプレートが出た横道に入っていく。まもなく砧線の駅と同じ「中耕地」のバス停があるので、長らくこのバス通りが砧線の軌道跡と思い込んでいたのだが、電車は1本北裏の一方通行の所を走っていたようだ。こちらの道に入ると、大衆ムードの食堂前の歩道際にひっそり<砧線 中耕地駅跡>と記した石碑が立っている。

かつて砧線が通っていた花みず木通り。歩行者用と自転車道に分かれている。

 この石碑のあたりまで狭かった道はやがて歩道を広くとったプロムナード調の道になって、「花みず木通り」の表示が見受けられるが、街路樹はハナミズキよりもむしろ桜が目につく。そのうち、道のセンターに枝葉の部分を丸くカットした樹木が続く箇所に差しかかるが、ここらあたりはいかにも真ん中の単線路を砧線の電車が走っていた光景が想像される。道が左に湾曲したこの区間を抜けると、バス道(中吉通り)と合流する吉沢橋の交差点だ。

玉電のイラスト入りレリーフ。砧線の跡地・花みず木通りの一角。

 野川に架かる橋の手前にかつて吉沢の電停があったそうだが、ちょうどそのあたりに砧本村行きのバス停が立っている。昭和30年代中頃くらいに撮られた吉沢付近の写真を見ると、レンゲ畑の中の柵もない野川鉄橋を玉電の古車両が渡っていたりして、まさに昭和のローカル鉄道の風情が漂っているけれど、今は橋上から眺めた下流にニコタマのタワマンが郊外都市の象徴のように聳えたっている。

吉沢橋から見える二子玉川エリアのタワマン。

 さて、この吉沢橋から終点の砧本村まではかなり忠実に砧線のルートをバスが走る。ちなみに昭和の戦前は終点までに伊勢宮河原、大蔵とさらに2つの停車場が置かれ、広々とした多摩川の河原には砂利採掘から生じた大池が2つ3つ存在していた。大正13年に開通した砧線も、当時爆発的に拡大していた東京市街のビルや道路工事に供給される砂利、を第一の目当てに敷設されたのだ。
 車窓の左手に砧下浄水場の長い塀が見え始める二又をバスは右手の狭い一方通行へ進行、駒澤大学の玉川キャンパスに突き当たる手前(右側)が砧本村の終点。砧線の駅の位置は多少昔とズレているらしいが、目に止まるのはバス乗り場の待合席の所に使われている青いペンキ塗りの木造屋根。コレ、砧本村の駅ホームの遺構を再利用したらしい。

砧本村バス停留所。青いペンキで塗られた屋根が印象的。


 玉電の砧線――砂利運搬ばかりでなく、やがて(昭和7年)砧本村の駅前にできた「わかもと製薬」の大工場の従業員が重要なお客さんになる。薬のわかもとはいまも健在だが、僕の子供時代は胃腸薬「強力わかもと」のCMをともかくよくやっていた。
 そう「強力わかもと」、80年代初めのリドリー・スコット監督の「ブレードランナー」に描かれた、近未来の東京風景に巨大な広告看板が登場、レトロキッチュなムードを醸していた。バス待ち小屋の壁にもしや昔の強力わかもとの広告なんかがそのまま貼り出されていないか…と目を向けたが、もちろんそういうものは見当たらなかった。

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※写真は泉麻人さん撮影のものです。




PROFILE


◇泉麻人(コラムニスト)
1956年東京生まれ。慶応義塾大学商学部卒業後、編集者を経てコラムニストとして活動。東京に関する著作を多く著わす。近著に『夏の迷い子』(中央公論新社)、『大東京23区散歩』(講談社)、『東京 いつもの喫茶店』(平凡社)、『1964 前の東京オリンピックのころを回想してみた。』(三賢社)、『冗談音楽の怪人・三木鶏郎』(新潮新書)、『東京いつもの喫茶店』(平凡社)、『大東京のらりくらりバス遊覧』(東京新聞)などがある。『大東京のらりくらりバス遊覧』の続編単行本が2021年2月下旬、東京新聞より発売された。




◇なかむらるみ(イラストレーター)
1980年東京都新宿区生まれ。武蔵野美術大学デザイン情報学科卒。著書に『おじさん図鑑』(小学館)、『おじさん追跡日記』(文藝春秋)がある。
https://tsumamu.tumblr.com/






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