<新お道具箱 万華鏡>渋沢栄一が愛した獅子頭

2021年8月20日 07時53分

血洗島獅子舞の様子。左から男獅子、女獅子、法眼=2019年、埼玉県深谷市の旧渋沢邸「中の家」で(いずれも渋沢栄一記念館提供)

 近代日本経済の父といわれる実業家・渋沢栄一は、大の獅子舞好きだった。晩年は「獅子舞の時期には予定を入れないように」と秘書に伝え、必ず帰郷していたという。
 渋沢が愛したのは、自身の出生地である埼玉県深谷市に伝わる血洗島(ちあらいじま)獅子舞。その道具が渋沢栄一記念館(深谷市)に展示されているというので、獅子舞に詳しい東京文化財研究所・無形民俗文化財研究室長の久保田裕道さんと訪ねてきた。

渋沢栄一記念館の馬場裕子さん(左)、東京文化財研究所の久保田裕道さん

 展示室にあったのは、三つの古い獅子頭(ししがしら)。かなり傷んでいるが、そこに何者かがいる、という不思議な存在感がある。館長補佐で学芸員の馬場裕子さんに由来をうかがう。
 「記録はないのですが、渋沢が生きていたころと重なるものだといわれています。血洗島の獅子舞は、一匹の獅子に一人。それが三匹で一組の構成です」
 西で生まれ育った私は、獅子舞というものは、獅子は一匹、それも二人一組で踊るものだと思っていた。
 各地の獅子舞を調査してきた久保田さんにたずねてみる。
 三匹の獅子舞って、このあたりの特色なんですか?
 「こういうスタイルを三匹獅子舞と呼んでいて、関東から東北にかけて、多くみられます。埼玉県は特に獅子舞が多くて、二百カ所以上で伝承されています。そのほとんどが三匹獅子舞なんですよ」

血洗島獅子舞の道具一式。昭和初期頃の撮影と思われる

 血洗島の獅子頭は、どんな特徴があるんですか?
 「古いカシラに多い竜頭型といわれる系統で、雨乞い的な要素があるのではないかと思います」
 展示されているこの獅子頭は、すでに隠居しており、新しい三匹が現役として活躍しているそうだ。
 獅子の種類は、リーダー格の「法眼(ほうがん)」、若い「男獅子」、「女獅子」。この古い獅子頭は、頭に毛がないが、現役で使われている獅子頭には、立派なたてがみがついている。法眼は白、男獅子はつややかな黒、女獅子は茶色。いずれも鳥の羽根が使われているそうだ。
 昔は、それぞれの獅子を踊る家は決まっていて、渋沢栄一の家は男獅子を踊る家だった。少年時代の栄一も獅子頭をかぶり、舞っていたという。

渋沢栄一記念館に展示されている男獅子の獅子頭

 展示室には、神社の社殿から獅子舞を眺める老年の栄一の写真が飾られていた。くつろいだ、いい面持ち。子ども時代を思い出す、やすらぎの時間だったのだろう。 (伝統芸能の道具ラボ主宰・田村民子)

◆公演情報

 血洗島獅子舞の奉納 血洗島の鎮守・諏訪神社の秋の例大祭に、血洗島獅子舞保存会によって、奉納されている(毎年、十月第三日曜)。
 昨年はコロナ禍の影響で奉納舞の一般公開はなかった。今年の公開は未定。
 問い合わせは、渋沢栄一記念館=(電)048・587・1100。

◆取材後記

 明治、大正の頃。血洗島の獅子舞は一時、衰退した時期があった。これに危機感を抱いた渋沢は「獅子舞は、地域の結束を高め発展させる役割がある。大事にしてほしい」と地元で演説したそうだ。
 東日本大震災後の東北をはじめ、各地の芸能を見てきた久保田さんは「渋沢の言葉は、現代にも通じる」と言う。コロナ禍で郷土芸能も厳しい状況にあるが、なんとか乗り越えてほしい。 (田村民子)

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