巷(ちまた)の空 野口冨士男著

2021年8月22日 07時00分

◆生誕110年 奇蹟の新刊
[評]武藤康史(評論家)

 亡くなって二十八年になる野口冨士男の新しい小説が出版された。奇蹟(きせき)だ。七十八年前に完成していながら出版されなかった作品である。
 この『巷の空』を書き上げたのは昭和十八年。出版物の事前審査が厳しくなった年だった。日本出版会と内閣情報局で査定会議を開き、企画書と原稿を見て出版の可否を決めていた恐ろしい時代である(だから当時の本の奥付には必ず「出版会承認イ一二〇八三九」といった記載がある)。この会議に出ていた情報局の面々は頭が悪く、コンプレックスの塊みたいな連中で……という関係者の証言が残っている。志賀直哉『暗夜行路』の初めての一冊本も(それまで単行本はなく、志賀の全集の中で二巻に分かれて出ていた)、こんな贅沢(ぜいたく)な本は禁止だ、と不許可になりかけたという(出版されたが)。文学の分からぬ人間が権力を握ると、はしたない真似(まね)をするものだ。
 野口冨士男は二十代の終わりから一年に一冊の長篇あるいは短篇集を出す、新進気鋭、ある意味で順風満帆の作家だったが、その五冊目となるはずの本が出版を拒否された。それまで野口は自分の一家眷属(けんぞく)の系譜をモデルにしたり、演劇青年の話を書いたり、若い女の生き方に迫ったり……と縦横に筆を振るっていたが、このとき恐らく初めて自分とは縁遠い職業の人に取材し、作者にとっては別世界の男の半生を書き切った。明治三十九年から大正十二年に至る歴史小説のようでもあり、製靴業の工程や仕入れ値・工賃・収益などを具体的に書いた職業小説、経済小説のようでもある。当時出版されていたら高く評価されていたはずで、その後の作者の人生は変わっていただろう。
 現実には本は出ず、しかも翌年(昭和十九年)には軍隊に取られ、病気になり、復員後もつらい日々が続き、ようやく六十代で作家として花開き、八十二歳で亡くなったのだった。しかし今では毎年のように野口冨士男の本が出ている(今年だけで四冊目だ)。死後ますます文名が上がる稀有(けう)な例がここにある。
(田畑書店・2530円)
1911〜93年。作家。著書『徳田秋聲傳』『かくてありけり』『感触的昭和文壇史』など。

◆もう1冊

野口冨士男著『海軍日記』(中公文庫)。33歳で応召した作家が軍隊内で禁を犯してひそかに書いていた日記。横須賀海兵団の生活がわかる。初の文庫化。

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