<首都残景>(27)羽村取水堰(ぜき) 川の流れにあらがわず

2021年8月22日 06時35分

多摩川の上流に沈む夕日を背負う投渡堰。せき止められた流れが取水され一部が小吐(こはき)水門(右)から多摩川に戻される=いずれも羽村市で

 JR羽村駅から西へ徒歩で約十分。多摩川の堤防に立つと、川の中に作られた構造物群が目に飛び込んでくる。江戸時代に開削され、今も都民に多摩川の水を運ぶ玉川上水。その取水口である羽村取水堰(ぜき)が目に涼しい水の風景をつくっている。

上流側から見た羽村取水堰。左が玉川上水の起点。右を流れる多摩川の水が水門で引き込まれている

 中でもひときわ目を引くのが投渡堰(なげわたしぜき)である。川と直角方向に鋼鉄の桁を渡し、これに杉の丸太を立て、隙間に広葉樹の枝であるソダ、ムシロ、砂利などを詰めて水流を止めている。大雨などで川が増水し、一定基準を超えたときには桁をつり上げる。これにより丸太やソダなどは流れて、水は解放される。最も大切な上水の取水口が壊れたり、上水の水量が限界を超えるのを防ぐ仕組みだ。基本的な構造は約三百七十年前の誕生当時そのまま。同様の仕組みの堰は全国にも見当たらず、その希少さから二〇一四年には土木学会選奨土木遺産に登録された。
 「この投渡堰、とにかく手間がかかるのです」と東京都水道局羽村取水管理事務所の山田誠所長は苦笑いした。

下流側から見た投渡堰。杉丸太やむしろ、砂利などを組み合わせて流れを止める基本的な仕組みは江戸時代のままだ

 「投渡木(なぎ)払い」と呼ばれる桁を上げる作業は今でこそ電動ウインチを利用するようになった。
 しかし流れた堰を再構築する「仕付け」と呼ばれる作業は完全に人力頼みの手作業だ。川の流れが落ち着いたのを見計らって丸太を入れ、間にソダを詰める。このソダは葉が付いている枝をその都度、山から切ってくる。さらにムシロを敷き、砂利を入れ、全工程を終えるのに一週間以上はかかる。こんな作業を年に二回程度は行うという。
 巨大都市の水道の根幹を担う取水堰の構造としては、随分と素朴で前時代的であるような気がする。しかし山田所長は「それでいいのです」と話す。
 「丸太やムシロといった天然の素材を使っているからこそ、川に流しても環境に優しい。また激流に徹底的にあらがうのではなく、しなやかに受け流すという考え方もいい。だからこそ三百七十年間も上水を守ってこられたのだと思います」
 堰は古くから「はごろもの堰」「しぐれの堰」などと呼ばれ、景勝地としても有名だった。上水の開削工事を請け負った庄右衛門、清右衛門兄弟の銅像もあり、散歩や水遊びに訪れる人は絶えない。「皆さん、投渡堰がある風景を愛して、大切に守ってきたのです。効率だけを優先して安易に改修するわけにはいきません」とも。
 文・坂本充孝/写真・戸上航一
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