コロナ禍で住まい失った50代男性、電車内で涙…人情の10万円<新宿共助>

2021年8月24日 06時40分

荷物を背負い、都庁を後にする男性=新宿区で

◆新宿共助 食品配布の会場から

 「コロナ禍で仕事がなくなり、初めて住所不定になった。こんなに追い込まれるとは思いもしなかった」。東京五輪の開幕を六日後に控えた七月十七日、都庁前の食品配布会場に来ていた男性(57)が語り出した。五月からネットカフェを転々としているという。
 二年ほど前まで、十年間以上、通信業界で派遣社員として働いていた。「責任のある仕事を任された。でも一人で抱え込んでしまう性格や、深夜までの残業が続いたことで倒れてしまった」。うつ病と診断され、次第に働けなくなった。
 その後は、食いつなぐために清掃やコールセンターの仕事をしたが「生きがい」が見つからなかった。昨年一月、やけになって大量の睡眠薬を一気に飲み込んだ。倒れているところをバイト仲間に発見され一命を取り留めた。今は、二カ月で十万円ほどが支給される障害年金をやりくりして暮らしている。
 睡眠薬は、今も捨てられないという。「いつか使おうとささやく心の悪魔がいる。だけど、そうはなりたくないから一生懸命に生きようとしています。ここに来るのは気晴らしになる。話していたら気が楽になりました。ありがとう」。男性は荷物を背負い、街中へと消えた。
 数日後、男性からのメールが届いた。九州出身の男性は新聞奨学生をしながら都内の大学を卒業、金融機関や教育関連会社で正社員として働き、妻と二人の子どもがいたと話していた。三十五歳ごろに会社の人員削減でリストラされ、離婚した。メールには「取材をきっかけに昔のことを思い出し、学生のころ働いていた新聞販売店に顔を出した」というようなことが書いてあった。
 店主からは、家がないなら販売店の寮に入るようにと言われた。「準備ができるまで、これでしのげ」と十万円を渡されたという。報告のメールは、さらに続いていた。「電車の中で泣けて泣けて。周りに変な目でみられながら、それでもあまりにうれしくて、気持ちが収まりませんでした。やり直しがかなったら、元妻にも子どもたちにも連絡したいと思います」(中村真暁)=随時掲載

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