文書からひもとく「近代産業のめばえ」展 渋沢栄一の書簡 初公開 県立文書館がHPで

2021年8月24日 07時41分

渋沢栄一が江原芳平に宛てた書簡=前橋市で

 前橋市文京町の県立文書館は、幕末から明治前半まで県内の産業が発展した様子を文書からひもとくテーマ展示「群馬の近代産業のめばえ」を、新型コロナウイルス感染拡大のため来館による見学を休止し、ホームページで公開している。NHK大河ドラマ「青天を衝(つ)け」の主人公で、近代日本の産業の礎を築いた実業家渋沢栄一(一八四〇〜一九三一年)が、前橋の実業家に宛てた初公開の書簡など計約三十点を紹介している。(市川勘太郎)
 渋沢の書簡は、旧第三十九国立銀行の頭取や前橋商工会議所の初代会頭を務めた実業家江原芳平宛てで、一九一五(大正四)年一月十九日付。同年三月の衆院選で、大隈重信首相の養子大隈信常が当時の前橋選挙区から出馬する前に支援や協力を求める内容だ。
 書簡で渋沢自身は政党や政治とは全く関わりがないとしながらも、信常の依頼で親しくしている芳平に特別に書簡を出したことがうかがえる。この選挙では、現職の竹越与三郎を下し、信常が当選した。書簡は二〇〇一年、江原本家の当時の当主、毅さんが文書館に寄託した。
 文書館の須藤聡指導主事は「丁寧な文字遣いで芳平への敬意を感じる。信常の人となりも包み隠さず正直に書き心がこもっていて、政治の水面下の動きも分かる貴重な資料」とみている。
 栄一のいとこの渋沢成一郎が書いた日記を書き写した赤堀伴七の「慶応記聞」は、伊勢崎市の赤堀家に伝わり、一八六八(慶応四)年一月の鳥羽・伏見の戦い前後の様子を伝える。
 成一郎は主君の徳川慶喜から戦場の視察を依頼される。直後に敗戦が分かると慶喜が大坂城から江戸へ軍艦で脱出し、周囲が驚いた様子をつづっている。
 この他、製糸業の発展などに関連する文書も紹介。展示は緊急事態宣言の対象区域となったため一時休止し、当面はオンラインで閲覧できる。

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