関東の山と雨乞い信仰

2021年8月25日 07時11分

武蔵御嶽神社 御岳山の山頂にある(左上)=青梅市で、ドローンから撮影

 夏になると、ニュースで「山間部は大雨や落雷にご注意を」と呼び掛けることがある。「山と雨」の関係が深いことは、先人たちも知っていたようだ。雨乞い信仰が伝わる神社の多くは標高の高い山の上にある。山の上から天気をつかさどる神の言葉を伝えてきた神職は、現代の気象予報士の姿と重なって見える。
 榛名神社(群馬県高崎市)、武蔵御嶽(みたけ)神社(東京都青梅市)、大山阿夫利(あふり)神社(神奈川県伊勢原市)。いずれも雨乞い信仰で知られる神社だ。標高は、榛名神社が約九百メートル、武蔵御嶽神社が九百二十九メートル、大山阿夫利神社の本殿は大山山頂の千二百五十一メートル。雨が多いのも共通している。

榛名神社 群馬県高崎市で

 関東地方の地形の特徴は広大な関東平野と、平野を取り囲むように北関東から神奈川まで連なる山岳だ。夏に太平洋から吹き込む湿った海風は関東平野を吹き抜けて山にぶつかり、上昇する。湿った空気は気温の低い上空で雲になり、雨を降らす。三つの神社は、関東平野を囲む山地に位置している。
 山間部では、上空に寒気が張り出していたり、地上が猛暑に襲われていたりすると、積乱雲が急速に発達することもある。発達した積乱雲の中で氷の塊がぶつかり合って発生するのが雷。さらには氷の塊が「ひょう」として降ってくることもある。大山阿夫利神社の祭神の一つは「大雷神(おおいかずちのかみ)」。雨だけではなく、雷とも縁が深いことを先人たちは経験上、よく知っていたようだ。
 農業が中心だった時代は、干ばつになったり多雨になったりしてからの「神頼み」では、生活が成り立たない。神職には天気予報も期待されてきた。武蔵御嶽神社では、シカの肩甲骨をあぶり、ひびの入り具合で農作物の出来具合を占う「太占(ふとまに)」を行っている。榛名神社と大山阿夫利神社では、竹で作った筒への粥(かゆ)の詰まり具合によって、その年の農作物の豊凶や気象、風雨などを占う「筒粥神事」が受け継がれている。
 今は気象予報士が農業や漁業、アパレル業界などを対象に気象予報を行っている。気象衛星や地上での気象観測が発達する遠い昔から天気を操る神の言葉を伝えてきた神職は、先人たちにとって「気象予報士」そのものだったのかもしれない。

◆神職は気象予報士

大山阿夫利神社 本殿近くに湧くご神水=神奈川県伊勢原市で

 大山阿夫利神社の「阿夫利」は、「雨降り」が語源とされる。権禰宜(ごんねぎ)の目黒久仁彦さんによると、「阿夫利神社」の名称は、平安時代の延長五(九二七)年に記された「延喜式神名帳」には登場している。そのころには、大山と雨乞い信仰は結び付いていたようだ。
 大山の別称は「あめふり山」。山麓は晴れていても、山頂付近には常に雲がかかっているため、こう呼ばれるようになったという。
 目黒さんによると、雨乞いをする人たちは、大山の湧き水である「ご神水」を持ち帰って雨の恵みを祈った。帰りに途中で休むのは厳禁。休憩場所に雨が降ってしまうというから、効果は絶大だ。リレー形式で水を持ち帰った、という伝承もあるという。

竹筒で粥をすくう大山阿夫利神社の筒粥神事

 ご神水は、今でも本殿の下でくんで帰ることができる。「現代も雨乞いをする人たちはいるんですよ」。農家はもちろん、ダムの管理者や芝の管理をするゴルフ場経営者らも訪れ、ご神水を持ち帰ったという。
 近年、全国で多発する水害。これは天候をつかさどる神様からのメッセージか。「『森を守り、環境を大切にしないと、大変なことになる』と教えてくれているのではないでしょうか」。目黒さんはそんな解釈を示してくれた。
 文・布施谷航/写真・布施谷航、戸上航一、大沢令、吉岡潤
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