菌の声を聴け タルマーリーのクレイジーで豊かな実践と提案 渡邉格(いたる)・麻里子著

2021年8月29日 07時00分

◆無数のつながり映す発酵
[評]高橋秀実(ノンフィクション作家)

 あくまで私の個人的な見解だが、テレビのグルメ番組は信用できない。なぜなら食べ物を口に入れると、即座に「お、おいしい!」などと歓声を上げることが演出の基本になっているからだ。おいしさは後からじわりとやってくるもの。食べ物を味わうには時間が必要で、むしろ時間を味わうのではないだろうか。
 著者は鳥取県でパンとビールをつくり、カフェを営むご夫婦。「ゆったりと楽しく」をモットーに、目指すのは「おいしい」を超えて「気持ち良い」食べ物らしい。私たちが「おいしい」と感じがちなのは、馴染(なじ)みのある味に接した時で、それに執着すると味覚を限定することになってしまう。「気持ち良い」とは味覚が開かれ、体調もよくなる美味の境地なのだ。
 彼らは発酵に「野生の麹(こうじ)菌」を使うそうで、そのスローな工程に驚かされた。蒸した米を竹筒に入れ、カビが「降りてくる」のを数日間待つ。緑色のカビから麹菌を採取するのだが、困ったことに黒いカビや赤いカビ、灰色のカビ、青いカビなどが次々と降りてきてしまうらしい。
 ひたすら菌を見つめ、菌から「生命を持続させる意志」を感じ、「彼らの動きや喜びがわかる」と豪語する著者によれば、黒いカビは周辺での農薬散布、灰色のカビは車の排ガスと関係がある。さらに青いカビはスタッフが仕事などに疲れている時に発生するそうなのだ。菌は人の心をも映すということか。発酵は「因果」ではなく「縁起」。目に見えない無数のつながりから生まれる現象で、科学ではつかみきれないそうだ。
 菌の声をよく聴く。
 それは今こそ学ぶべき心構えかもしれない。コロナ禍になってから著者の店では麹菌が大量に降りてくるようになったという。来客も減り、人間全体の活動が抑えられたことが影響しているようで、著者によれば菌が「もっと大きな視点を持て!」と訴えているとのこと。確かに苛立(いらだ)ちは体に毒だし、エビデンスや因果関係にとらわれた一辺倒な対策では、ウイルスの後塵(こうじん)を拝するばかりである。
(ミシマ社・1980円)
渡邉格 1971年生まれ。
渡邉麻里子 78年生まれ。夫婦で「タルマーリー」を経営。

◆もう1冊

渡邉格著『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」 タルマーリー発、新しい働き方と暮らし』(講談社+α文庫)

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