選書10年、独自の視点 『月に3冊、読んでみる?』 エッセイスト・酒井順子さん(54)

2021年8月29日 07時00分
 週末の読書面に四人の筆者が交代で執筆している「3冊の本棚」欄は、二〇一二年五月に始まり、連載は十年目に突入している。これまでに多くの書き手が登場したが、ただ一人、最初から現在まで書き続けているのが酒井順子さんだ。百回を超す連載の中から九十三回をえり抜き、オールカラーの書影とともに二百七十九冊を紹介した本が生まれた。
 「(この欄は)新刊だけでなく過去に出た本も取り上げられるので、同じ作家の本が何冊も出てきて、われながら読書の幅が狭いなぁ…」と謙遜するが、ラインアップは小説からエッセー、評論、古典、漫画まで実に多彩。三冊の組み合わせも、シェイクスピアに三島由紀夫とマーガレット・ミッチェルが顔をそろえたり、平安時代の和泉式部と現代の米国人作家ジュンパ・ラヒリ、中世イタリアの作家ボッカッチョが並んだりと、縦横無尽だ。
 単なる本の紹介にはとどまらない。三冊を貫く物の見方が、当代屈指の人気エッセイストたる独特の魅力を放っている。先のシェイクスピアと三島、ミッチェルを取り上げた回のテーマは「転落は人を試す」。そこから導き出したのが「どん底まで落ちた時ほど、女の方が強い」。
 近年、認識が深まりつつある性的な多様性についてつづった回「複雑な性 認める風土」では「人間の属性など簡単に揺らぐもの」と達観する。
 高校在学中から雑誌『オリーブ』にコラムの執筆を始め、二〇〇三年に刊行したベストセラー『負け犬の遠吠(ぼ)え』で、三十代以上、未婚、子ナシ女性の本音を描き出して、エッセイストとしての地位を確立した。四十五歳から始めた「3冊の本棚」執筆の歳月は「初老感を覚えるようになって、人生の後半を意識してきた十年だった」。
 本書は「女」「男」「性」「家・家族」「作家」など十章から成るが、冒頭に据えた「生きる」という章がとりわけ染みる。人生という山の下りを意識し、「年をとることは、そう簡単ではない」と悟り、親の他界を経験して「死」を見つめる。酒井さん自身の変化が文章に投影され、同世代の共感を呼び起こさずにはおかない。
 現在も九本の連載を抱える多忙の身。長く書き続けてきたが故に「知り合いの全然いないところに身を置いてみたい」と隠遁(いんとん)に憧れる。“平成の清少納言”が“令和の鴨長明”に化ける日が来るかもしれない。
 東京新聞・一五四〇円。 (矢島智子)

関連キーワード

PR情報

書く人の新着

記事一覧