<共にその先へ やまゆり園再建>(下)「焦らず成長を見守る」 退所を選んだ平野さん

2021年8月29日 07時13分

地域生活への移行を目指す平野和己さん(右)。1年ぶりに父泰史さんと会い、笑顔があふれた=7月撮影、横浜市内で

 「かずくん久しぶり。元気だった」。七月上旬、横浜市の施設で暮らす平野和己(かずき)さん(31)は、一年ぶりに面会する父泰史さん(70)の姿に顔をほころばせた。最初は恥ずかしそうにしていたが、泰史さんが持参した雑誌を一緒に見ると「焼き肉食べたい」「プールに行きたい」と会話が弾んだ。
 和己さんは重度の知的障害があり、もともと県立知的障害者施設「津久井やまゆり園」(相模原市緑区)で暮らしていた。しかし、二〇一六年七月の事件後、地域生活への移行を目指して同園を退所し、七人が暮らす横浜のグループホーム(GH)に入った。ただ、GHの職員を殴ったり、蹴ったりする行動が現れたため、現在の施設に移って状態を整えることにした。昨春にGHに戻るつもりだったが、新型コロナウイルスが収束するまで入所を続けることにした。
 今は平日の日中、施設近くでリサイクルの作業などを行い、休日は人出の少ない近所の公園などに出掛けている。新型コロナ感染拡大前はヘルパーに付き添われて映画館やカラオケに行ったり、レストランで食事をしたりして社会での体験を重ねてきた。
 和己さんが地域移行を目指すのは、同園の仮移転先施設に入所していた頃に体験したGHでの生活が決め手になった。泰史さんはGHの職員から「笑顔で楽しそうに過ごしている」と聞き、本人も望んでいるだろうと決断。「地域生活を目指す中で和己は生き生きとした表情になり、何より楽しそう。最初からうまくいくとは思っていないので、自立に向けて焦らず成長を見守りたい」と話す。
 一方で、泰史さんは「事件を契機に施設の在り方が問われている」と語る。「施設にいると外の世界と接する機会が少なく、社会から隔絶されてしまう」。ただ、「情報の周知や相談態勢が充実していないため、地域移行についてよく知らない親や当事者は多く、よほど積極的でないと実現できないのが実情ではないか」と課題を指摘する。
 県は、再建されたやまゆり園について、地域移行への「通過型施設」と位置付ける。黒岩祐治知事は「自立というゴールを目指す方向性が確認できていることが大事。それにより支援の在り方は全然違ってくる」と自信をのぞかせる。ただ、園を運営する社会福祉法人「かながわ共同会」の山下康理事長は「知事の考え方に沿いながら、どういう支援ができるか具体的に考えたい」と述べるにとどめた。
 長野県の施設で数百人規模の地域移行に関わった大阪府立大大学院の三田優子准教授(障害者福祉)は「一度施設に入れば、入所者はそこでの生活に慣れようとして『出たい』という意思を示しにくくなる。職員も地域移行のノウハウがあれば別だが、日々の支援に追われると移行の流れは止まってしまう」と指摘する。地域支援に精通した外部人材の登用や地域移行に向けた内部チームを作ることなどを挙げ、「本質的にどうこれまでの支援の在り方を変えるのか示し、早期に着手することが成否の鍵になるだろう」と話す。 (この連載は曽田晋太郎が担当しました)

関連キーワード

PR情報