週のはじめに考える 「当たり前」を疑い続ける

2021年8月29日 07時15分
 フランス革命期を舞台にした、約四十年前のアニメ「ベルサイユのばら」第一話を最近、見直してちょっと驚きました。
 近衛隊長になるのを拒んだ主人公オスカル(当時十四歳)の顔を、父親のジャルジェ将軍は目いっぱい平手打ちするのです。父親に突き飛ばされ、階段から転げ落ちる場面もありました。
 親などの体罰が法律で禁止された現代の目で見ると、随分乱暴に見えます。ただ放映当時に違和感を持った記憶はありません。家でも学校でも体罰が珍しくなかった時代だったからでしょう。
 ある時期の「当たり前」が通用しなくなる事例は近年、増えているようにも思います。一九九〇年代に放映が始まり、日本でも人気となった米国の連続ドラマ「フレンズ」の主要登場人物男女六人はすべて白人。多様性の欠如が指摘されています。

◆見えない偏見の罪深さ

 他者を傷つける可能性のある「当たり前」が時を経て「当たり前」ではなくなることは社会の成熟の表れでもあります。今の「当たり前」の中にも、「当たり前」にしていてはいけない事柄はまだ残っているのではないでしょうか。
 「理系は男性」という、無意識の偏見もその一つです。文部科学省の学校基本調査によれば、二〇二〇年度、理学・工学を専攻する大学生は、男子が約三十八万人に対し、女子は約八万人と大きな開きがあります=グラフ。
 親や教員の無意識の偏見が女子の進路選択に影響を及ぼしている可能性が指摘されています。身近に理系の女性のお手本がいないことも影響しているようです。
 「世界を変えた50人の女性科学者たち」(創元社)を読むと、男性優位の研究者の世界で分厚い扉をこじ開けてきた女性研究者たちの苦闘がしのばれます。
 ノーベル物理学賞を受賞した、マリア・ゲッパート・メイヤー(一九〇六〜七二年)が、米国で常勤の教授の職を得たのは五十代になってからでした。それまで無給だったり、無給同然の報酬の時期が長かったといいます。研究室やトイレの使用が許されず、地下室で放射化学の研究を続けた物理学者や、出版社の判断で共著に名前が出されなかった産業技術者もいます。
 これから未来を決める女の子たちにも読んでほしいと、ポップなイラストがちりばめられたこの本には、先駆者たちの力強い言葉も記されています。
 世界共通のプログラミング言語COBOL(コボル)を生み出した米国の科学者グレース・ホッパー(一九〇六〜九二年)は「最も有害な決まり文句は、『われわれはいつもこのやりかたでやってきた』です」と講演などで、変わる勇気を促しました。

◆ガラスのいばら除去を

 ようやくではありますが、変化の足音は近づいているかもしれません。政府はイノベーションを創出する人材育成のための具体策づくりに着手しています。高校段階で多くの生徒が文系を選択し、理数の学びから離れる文理分断が課題の一つと位置付けられています。とくにその傾向が顕著な女子にとっての障壁を取り除くことが重要になります。
 今月開かれた具体策づくりに向けた有識者の会合で、ジャズピアニストで数学研究者の中島さち子さんは、経済格差やジェンダー格差などの解消に国が取り組む重要性を指摘しました。格差によって十分な力が発揮できない人たちの中にある「眠っている創造性」に着目した発言でした。
 研究者に限らず、この国では多くの領域で女性の進出が遅れています。国の政策立案に加え、一人一人の心の中の「当たり前」が、女性の可能性を狭めるガラスのいばらをつくりだしてはいないか、見つめ直す時期が来ているように思います。
 今年春にフジテレビ系列で放映された連続ドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」で主人公の建築家大豆田とわ子は、悩みごとが多い夜は数学の問題を解いていました。そんなドラマなどが増えていくこともいばらを取り除く一助になるかもしれません。性別に縛られず、だれもが好きなものに支えられ人生を過ごしていける社会が普通となるよう願っています。

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