<トヨザキが読む!豊﨑由美>「ゴミの島」で交錯する運命 イチ押しの台湾人作家・呉明益(ご・めいえき)

2021年8月30日 07時19分

呉明益『複眼人』 小栗山智・訳 KADOKAWA・2420円

 猛暑のさなか、マスクを着用していなければならない二度目の夏。休みにもかかわらず、どこにも行けない方は多いのだろうと思います。というわけで今回は、今年上半期に読んで、多くの方に手渡したいと強く願った海外文学を紹介させてください。台湾の作家、呉明益の『複眼人』です。
 まず登場するのが、次男は時が満ちたら小舟で大海に漕(こ)ぎ出し、決して引き返してはならないという掟(おきて)に従い、生まれ育った島を出る少年アトレ。次に現れるのが大学で文学を教えているアリスです。デンマーク人の夫トムと十歳の息子トトが登山に行ったきり行方不明となり、絶望から自死することを決めている四十代の女性。台湾のH県にある東海岸に面し、満潮になると玄関近くまで水が押し寄せるため「海の上の家」と呼ばれる家に住んでいます。
 そんな二人の運命を結びつけるのが、一九九七年に海洋学者によって発見された<ゴミの島>。世界中の廃棄物が吹き寄せられたこの島は今や二億トンの規模にまで巨大化していて、その一部がアリスが住む海岸に衝突することが判明したんです。
 ゴミの島に漂着し、かつて島を離れて死んだ次男たちの霊に迎えられるアトレ。死のうと決意したその朝にオッドアイの小猫オハヨを保護したアリス。やがて島が海岸にぶつかることで起きた高波で、アリスの家は半壊。その直前に、あることがきっかけで海に身を投げていたため助かったアリスは、オハヨを捜すために入っていった山の中で、小猫だけでなく、足を負傷したアトレを発見するんです。
 <これまで我々は発展に伴う代償を貧困地域に押しつけてきた。そして海はついに“利子”分の請求書を我々に突きつけてきたのだ>とあるように、この物語にはゴミの島をはじめとする人類による愚行の徴(しるし)をいくつも見つけることができます。一方で、アトレの島の神話や、アリスの友人である先住民らが語る昔話を織り込むことで、豊かな物語を生み出してきた人間の叡智(えいち)も併置。今ここにある危機を描く社会批評性を備えた奥行きある物語になっているんです。
 タイトルにある複眼人とは何者なのか。トムとトトはどこに消えてしまったのか。その「?」が少しずつ明らかになっていく、ミステリーの趣向がこらされた展開もあいまって、リーダビリティーも抜群に高い。『歩道橋の魔術師』『自転車泥棒』(いずれも傑作!)の二作で、日本にもファンが多い呉明益の語り部としての懐の深さを再確認できる小説なのです。 (ライター)
*次回は10月25日掲載予定です。

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